「どうして…? 本当に炎くんなの?」

 が不審そうに眉を寄せた。

 大きな瞳をさらに大きくして、がじぃっとそれを見つめる。

 それは、少しバツの悪そうに首を竦めた。

「姫、目ん玉落っこちるで。」

「あ…」

 あの日。

 樋口は同じようにに笑いかけた。

「炎くん…」

 涙が零れそうになる。

「…会いたかった。」

 声が震える。

「夢でもいい… ずっと、ずっと会いたかったんだよ…?」

「オレかてそうや。 元気か?」

「ん…」

 夢でも幻でも構わない。

 自分の頭を撫でる手は、三年前と変わらず暖かい物だったから。





 昔々、ある良家での出来事。

 跡取りである嫡男は、親が決めた婚約者がいたにもかかわらず、使用人の娘と恋に落ちました。

 二人の恋仲が公になり、娘は屋敷を追い出される事になりました。

 男は娘が屋敷を出る晩に、一つ約束を交わしました。

「一年後、あの桜の木の下で待っていて下さい。 私は周りの人々を説得して、貴女を迎えに行きます。」

 娘はその言葉を信じた。

 しかし、一年後。

 男は現れなかった。

 その日は都合が悪くなってしまったのではないか。

 健気にも娘は、毎日桜の木の下で男を待った。

 雨の日も風の日も、毎日。

 一年が過ぎようとした頃に、噂を聞いた。

 肺を患い、亡くなったと言う。

「嘘つき…」

 深かった愛情はやがて、自分一人を残して逝った男への憎しみに変わる。

 娘は春を待たずに自害した。

 湖の畔の、桜の木の下。

 男との約束の場所だった。

 首を切ったのだろう。

 おびただしい量の血が流れ、湖の一角が赤く染まったと言う。

 それ以来、桜は枯れたまま。

 一度も咲かず今に至る。

「コレが…」

 清田の祖父が続ける。

「ワシが子供の頃に、爺さんに聞いた話じゃ。」

 小さく首を振る。

「女は淋しいんじゃろ。 ワシが知っている限りで二人の娘が同じように桜の下で自害しておる。 男に先立たれておった。」

ドクン。―――――

『オレは、が好きや。 お前はどうなんや?』

 樋口は笑った。

『…そか。 しっかり守れや。』



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4月に入って、いきなり暖かいですよね。

桜咲いてます、実家の辺り。

ふぅ。

藤真先輩、切ないよぅ〜…。

                           '05 4/6 亜椎 深雪


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