桜の木の下。

 は木にもたれる様に、座り込んでいた。

…」

 屈むと、の傍らにある物が落ちている事に気付いた。

 鞘の部分に家紋が刻まれた、脇差。

 の顔を覗き込む。

 どうやら、眠っているだけのようだ。

 安心したら、体が鉛のように重く感じた。

 夜明け前の、静寂。

 暦の上では春だと言うのに、頬を撫でる風はまだ冷たい。

 藤真は立ち上がって、じぃっと湖を見つめた。

「…夢を、見たんだ。」

 山間を吹き抜ける風の音以外、何の物音もない。

 藤真は続ける。

「やっぱり、俺は樋口には敵わないよ。」

 何故だろう。

 全てを見て来た藤真は、誰よりも樋口の事は口にするべきではないと思っていた。

「誰よりも明日を… 未来を話していたのは樋口だった。」

 いつも笑顔で、勝気で気が強くて、とにかく元気で。

「…二人が好きだった。」

 何事にも一生懸命で、互いに励まし合いながら頑張っていた二人が好きだった。

 どちらか一人が笑えば、もう一人もつられて笑顔になる。

 そんな二人が好きだった。

「…壊したのは俺なのに、樋口は俺を見て笑ったんだ。」

 自嘲気味な笑いが漏れる。

 一つ、溜息を吐く。

「君の隣にいるのが、樋口ではなくて俺でいいのか。 そう思うんだ。」

 答える声があった。

「…来てくれたじゃないですか。」

 藤真は驚いて、振り返る。

「…気が付いていたのか?」

 は首を竦める。

「炎くんに会ったんです。 …ううん、違うって、すぐにわかったけど。」

 は続けた。

「私の頭を撫でて、これからはずっと一緒だって。 夢だと思ったけど、気が付いたらこの脇差を持っていて…」

 脇差を手に取る。

「コレで刺せば、ずっと一緒にいられるって言ったから。 偽者でも、会えて嬉しかったから本当に死んでもいいかなって、そう思ったけど…」

 は立ち上がって藤真を見上げた。

「泣く事の大切さを教えてくれたのは炎くんで、泣く場所をくれたのは先輩だった。」

 にっこりと、花のように笑う。

 藤真が首を振った。

「樋口には敵わないけど… 俺は、君を守りたい。」

 まっすぐに少女を見つめる。

 は小さく首を振った。

「…来てくれたじゃないですか。 あの日も。」



「千鶴!」

 旦那様と私を気遣ってくれたのは、旦那様の弟の忠臣(ただおみ)さんだった。

「帰って来い、千鶴! 兄さんには敵わないけど、俺は! お前を守りたい!」

 貴方は来てくれましたね、忠臣さん。

 自害する直前に、貴方の声が聞こえました。




 風が吹いた。

 薄紅色の花びらが舞う。

 藤真に強く抱き締められながら、は確かに見た。

 咲き誇る桜の木と。

 湖に映る、着物姿女を。

 その表情は、確かに穏やかに笑っていた。



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「…二人が好きだった。」

ギュルルルル。(巻き戻し)

「…二人が好きだった。」

…泣きたくなるほど、切ない。

も二人が好きです。

さて。

「壊したのは俺。」

「泣く事の大切さ・泣く場所」

三年前に、一体何があったのでしょう?

並行連載中のPG、どうぞよろしく。

                           '05 4/7 亜椎 深雪


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