「………」 日番谷は眉を寄せた。 「なんだ、日番谷? 眉間に皺なんて寄せて… って、いつもの事か。」 日番谷の顔を覗きこんで、は一人、小さく頷いた。 「………さむいんだよ、バカ…」 三月。 暦の上では春であるが、上旬の気温はまだ春とは程遠い。 頬を撫でる風も冷たく。 にいきなり連れ出された日番谷は、思いっきり眉を寄せていた。 「大体、いきなり隊舎に来たかと思えば…」 『日番谷ーっ! 出掛けるぞ!』 「…って、こっちの予定も聞かずに、毎回毎回………」 の突然の誘いに、日番谷は毎回付き合わされている。 「よいではないか。 お前がいつも難しそうな顔をしているから、気分転換でもさせてやろうと、私なりに気を使って…」 「…放っとけっつーの。」 の声を遮った。 尸魂界の南流魂街を並んで歩く。 「で? 今日はまた、どこに付き合わせる気だ?」 日番谷の声に。 はイタズラに、にぃっと笑った。 「私の記憶が正しければ… この先に、見事な桜が咲いているはずだ。」 日番谷は小さく息を吐いた。 「ああ… 200年くらい前の大昔の記憶が正しければ。 だな…」 「うるさいっ!」 ひらっと、零と書かれた羽織が揺れる。 空は青く晴れ、頬を撫でる風も今までの物よりは温かい。 「…って、桜ってまだ咲いてないんじゃ…」 「あ、あれだ!」 日番谷の声を遮って、は駆け出した。 一本の木。 かなり昔からそこに根付いているのだろう。 幹も枝も太く、立派な木だった。 「…ほら、見ろ。 まだ咲いてねえじゃねーか。」 日番谷は小さく息を吐いた。 小さな蕾は見つけられるが、花が咲いて見ごろになるのはまだ先になるだろう。 「このくらいがよいのだ。 日番谷。」 はくるっと振り返った。 「私が今から、この桜を満開にする事が出来たらどうする?」 イタズラににこりと笑って、そう続けた。 「は?」 突然すぎる言葉。 日番谷は自分の耳を疑った。 じっとを見ると。 いつものように、余裕綽々に笑っている。 まだ咲いていない桜の木を、満開にさせる。 現実的に可能だとは思わないが、他でもないである。 まさか、本当にそんな事が出来るのだろうか? は小さく首を傾げて笑った。 「手を出せ。」 言われるままに、手を出した。 「そのまま、目を閉じろ。」 日番谷は大人しく従った。 まったくどう言うつもりなのか、全くわからない。 (何だよ、の奴… まさか… 本当に………) そっと、手を握られて、日番谷の呼吸が止まった。 「いいぞ。 目を開けろ。」 日番谷の心境も知らずに、はそう言った。 ゆっくり、目を開けた。 そこには。 「… ――――― 」 日番谷は目を疑った。 風に揺れる、薄紅色の花びら。 どこからどう見ても、立派な桜の木だった。 その場はさながら、一枚の絵画のようであった。 「…お前… 何を………」 日番谷の声を。 パチン 指を鳴らして遮る。 「なっ…?」 日番谷は目を疑った。 今まで目の前に広がっていた景色が消えて、もとの淋しい風景に戻った。 「な… なんだ今の?」 幻覚だったのだろうか。 いや、それにしてははっきりと桜の香りまで漂っていた… 「大体、一月後のこの場の様子だ。」 驚く日番谷に構わず、は続ける。 「うむ。 やはり、護廷十三隊の花見はこの場で決まりだな。」 日番谷の手を放して、一人頷いた。 ただ目を丸くして驚いている日番谷に。 はにぃっと笑った。 「お前には、その内話してやる。 帰るぞ、日番谷。」 そう言って、くるっと踵を返す。 「は?」 日番谷は耳を疑った。 「オ、オイ… 本当に帰るのかよ?」 既に歩き始めているその背中に、声を投げる。 「んー… どうした?」 「"どうした?" じゃねーよ。 何しにこんな所にまで来たんだよ?」 日番谷の言葉も尤もである。 これでは、まるで… 「…桜の咲く前に、花見の下見に来ただけだ。 もう用は済んだだろう。」 きょとんと首を傾げるに。 日番谷は頬を引きつらせた。 「………ほんっとに、この何秒のためだけに付き合せたのか?」 十番隊の執務室にあった書類の山を、も見ているはずである。 他の誰かならば、怒らずにはいられないのに 「いや。 私の記憶が正しければ、近くに茶屋があったはずだ。 そこの桜餅は絶品だぞ?」 がこうして目を丸くして首を傾げたら、日番谷はもう肩を落とすしかない。 惚れた弱みと言うべきか 「そう言うな。 桜餅くらい奢ってやる。」 「桜餅で許されると思ってんのか。 書類整理手伝えよ。」 結局は頭が上がらない訳で 「…誰よりも先に桜を見せてやったというのに、その言い草はなんだ?」 想いが通じる事はなかったけど 「頼んでねーよ。」 その一瞬を美しく咲き誇るために生きる 桜のように は小さく頬を膨らませた。 風に舞い上がる 淡い薄紅色の想いを 胸に秘め 「…私は、心許す者にしか、この能力(ちから)は使わぬのだぞ。」 と、少し踏ん反り返る。 「………」 日番谷は言葉を飲み込んだ。 (…コイツ… 無意識なんだよな………) の言動には、時々呼吸が止まる。 良き相談相手として 時折無邪気に惑わされながら その側にいるのも 「…美味いんだろうな、桜餅?」 辛うじてそんな言葉が出た。 「言っただろう、絶品だと。」 悪くないと、そう思った。 +-----------------------------------------------+ みかさまよりリクエストを頂きました。 『連載ドリームのヒロインで、ほのぼのデート』 本当におまたせしてしまいすみませんでした。 結局は、"さまに振り回される冬獅郎くん♡" なんですよね。(笑) ありがとうございました。 以上を持ちまして、日番谷祭りを終了をさせて頂きます。 2006. 3. 15. 亜椎 深雪 |