愛しき者


カリカリカリ…

 書類にペンを走らせる音だけが聞こえる。

 静かな執務室。

 …日番谷はイライラしていた。

 自覚があるのだろう。

 他に余計な事を考えないようにと、懸命に書類に向き合っている。

「隊長… そんなに気になるなら、一緒に行けばよかったじゃないですか。」

 湯飲みを手渡して、副官の松本が少し呆れたように眉を寄せた。

「…うるせえ。 お前もとっとと書類を片付けろ。」

「もう、素直じゃないんだから…」

 小さく溜息を吐いた。

「大丈夫ですよ。 だってもう三席なんだから。 あの程度の任務だもの、すぐに帰って来ますよ。」

 松本は自分の席へ戻った。

 場所は十番隊執務室。

 なんと言うか。

(…嫌な予感がする………)

 今度は、日番谷が息を吐いた。





 虚退治の任務に、勉強の為、新人を連れて行くのまではよかったのだが。

 問題は、誰が行くかである。

 隊長である自分には、今日中に片付けねばならない書類が山のようにあり。

 副官である松本も同様だ。

 だからと言って、先送りできる任務ではない。

『あ、あたし行くよ?』

 そう名乗り出たのは、十番隊第三席の

『…お前はダメだ、。 無茶しかねない。』

 日番谷の声に、は小さく頬を膨らませた。

『あのね、冬獅郎くん。 あたし、もう三席だよ? 大丈夫だって。』

『少なからず危険が伴う場所に、お前を送ることは出来ねえ。』

 日番谷は頑として首を縦に振らなかった。

 その様子を見ていた松本が、小さく息を吐いた。

『…隊長… お気持ちはわかりますけど、が適任ですよ。 仕事も出来るし、腕もいいし…』

『ですよね、乱菊さん!』

 松本を見てにこりと笑って、はじっと日番谷を見据えた。

『冬獅郎くん、公私は分けないとダメだよ?』

 眉を寄せる日番谷の顔を覗きこんで、は続ける。

『確かに、あたしは冬獅郎くんの彼女だけど、その前に十番隊の第三席なんだからね。』

 ぴっと人差し指を立てて、こう可愛く言われてしまえば…

 さすがの日番谷だって、折れるしかない。

『…わかった。 だが、何かあったらすぐ呼べよ?』

『大丈夫、大丈夫♪ すぐにぱぱっとやっつけて来るからね。』





 と、言う次第である。

 何も連絡はない。

 そろそろ、『任務完了』の連絡が入ってもいい頃なのに………

ビ―――

 ブザー音が響いた。

「はい、十番隊執務室です。」

『第二班の真田です…! 緊急事態です…!』

「どうしたの…!?」

 慌しいその様子に、松本は眉を寄せた。

『…大虚…! 大虚が出ました…!!』

 その声に、一瞬、日番谷の呼吸が止まった。

「場所は!?」

『西の外れです…! 今… 第三席が一人で戦って………』

ガタン

「!」

 突然の物音に、松本が視線を投げる。

「隊長!!」

 隊長席の、椅子がひっくり返っていて。

 すぐ後ろの窓が開いていた。





(クソ…!)

 日番谷は唇を噛んだ。

(だから、行かせたくなかったんだ…!!)

『大丈夫、大丈夫♪』

 そう言って、は笑っていたのに。

っ…!!!」

 日番谷は駆けた。









「きゃあっ…!!」

 強く体を打って、は悲鳴を上げた。

 目の前には、大虚(メノスグランデ)。

 他の仲間たちには、すぐに逃げるよう指示を出した。

 今、この場には、大虚の他は自分以外誰もいない。

ゴォ…

「っ…!」

 は唇を噛んだ。

 大虚の霊圧が急速に高まっている。

(虚閃…!?)

 どうにか逃げようとするが。

 傷付いた小さな体は、思う通りに動いてくれない。

『何かあったらすぐ呼べよ?』

 日番谷の、声が聞こえた気がした。

「と… 冬獅郎くん…!!!」

 キツク、目を閉じて叫んだ。

「…何だよ?」

 聞き覚えのある声。

「 ――― …!」

 は息を飲んだ。

ザン

 目の前で、大虚が真っ二つになった。

 斬魄刀を鞘に収めて、日番谷は振り返った。

「あ………」

 は一瞬、言葉を飲み込んだ。

 日番谷はのすぐ側まで近付いて、目線を合わせるかのように屈んだ。

「大丈夫か?」

 かけられる声は優しくて…

「…っ…!」

 は唇を噛んだ。

 日番谷はゆっくりとを見回した。

「…怪我… してるな… 遅れて悪かった…」

 その声に、力なく首を振る。

「だ、大丈夫だよ、このくらい! 血は出てるけど、あんまり痛くないし… だから、あの………」

ぽん

 日番谷の手が、優しくの頭を撫でた。

「…いつも言ってるだろ、……… 俺の前で、強がるな。」

「… ――――― !」

 その声に…

 緊張の糸が切れた。

「…ヒック… ッ エ… ック………」

 ぽろぽろと、大粒の涙が零れる。

 そっと、日番谷はを抱き締めた。

 ぎゅっと日番谷の裾を握って、はゆっくり言葉を紡いだ。

「…怖… か、った………」

 小さな手は小刻みに震えている。

「もう、冬獅郎くんに… 会えなくなるかもって、思ったら……… 怖かった………」

………」

 そっと、優しく口付ける。

「お前は、俺が護ってやる。」

 親指で優しく、の涙を拭う。

「だから、心配すんな。」

 まるで子供をあやすかのように、今度は額に唇を落とす。

 腕の中の、小さな温もり…

 この少女を護るためなら、どんな事だってしてみせる。

 コクンと、小さく頷いたを見て。

 日番谷は微笑んだ。









+-----------------------------------------------+









ハナミズキ様のリクです。

恋人設定、激甘との事でした。

激甘… ん、日番谷祭りにピッタリのリクです、ありがとうございました。

内容も明記して下さっていたので、書き易かったです。

ちなみに。 『 冬獅郎くん 』 って、呼び方が好きなんです。(笑) 可愛くないですか?

日番谷祭りへのご参加、ありがとうございました。



2006. 1. 8.   亜椎 深雪


back