月下の温もり



ふらふら…

「むぅ…」

 が眉を寄せた。

 何故だろう。

 真っ直ぐに歩いているつもりなのに、視界が回る。

「くそぅ… 京楽のヤツ… 次から次へと薦めよって…」

 何故、今日に限って、京楽の誘いに乗ったのだろう。

 気が付いたら、二人で一本と半分程飲み干していた。

 中々良い酒なのだろう。

 美味く飲み易かったため、思った以上に杯が進んでいた。

 実に、楽しかった。

 あんなに楽しかった酒は、浦原や夜一… 志波兄妹と酒席を設けた時以来だろう。

(そう言えば、白哉と飲み交わした事はないな…)

 中々盛り上がってきた所で、副官の伊勢七緒に見つかり、帰るを余儀なくされてしまった。

 危ない足取りで歩くの右手には、まだ半分程入っている酒瓶。

 伊勢に怒られた京楽が、にくれた物だ。

 一人で月見酒と言うのも良いが…

『朽木くんとでも飲みなおしなよ。』

 せっかく京楽がそう言ってくれたのだ。

(…白哉と飲むか…)

 夜が更ける中、白哉の寝室へ忍び込む決意をした。









 かすかな気配を感じる。

 ゆっくり、視線を移した

「…こんな時間まで何をしていたのだ?」

 が目をぱちくりさせた。

 月でも眺めていたのだろうか。

 白哉が縁側に腰掛けている。

「何だ、起きていたか。 お前の寝顔でも見ようかと思ったのに…」

 少し拗ねたようなの声に、白哉がわずかに眉を寄せた。

「どうした? 何かあっ…」

 何かあったのか?

 そう言いかけて、言葉を飲み込む。

 鼻に付く、酒の香り。

「…酒か…」

 呆れたような白哉の声に、がにこりと笑った。

「邪魔するぞ、白哉。 一緒に飲もう。」

 白哉の答えを待たず、隣に座る。

 お猪口に透明な液体を注いで、白哉に薦めた。

「飲め。 中々美味いぞ。」

 お猪口を受け取りながら、白哉が溜息を吐く。

「あまり感心せぬ… こんな時間まで、どこにいたのだ?」

「京楽と飲んでいた。 副官が止めに来ねば、朝まで酒宴は続いただろうな〜♪」

 は中々上機嫌で、自分のお猪口にも酒を注ぐ。

「かんぱ〜い♥」

 コツンと乾杯をして、一気に飲み干す。

「一人で月を眺めていたのか?」

 が首を傾げた。

 少し酔っているのだろうか?

 首を傾げて白哉の顔を覗きこむ。

 無遠慮に見上げられて、白哉が視線を反らした。

「…お前が戻るまでは起きていようと思ったのだ。」

 白哉が静かに、お猪口を口に運んだ。

「過保護だなぁ、白哉は。 私はもう子供ではない。 大丈夫だ。」

 カラカラと笑いながら、杯を重ねて行く。

「ほら、白哉。 お前も飲め。」

 白哉が小さく息を吐いた。

… 深酒は身体に障る。 ほどほどにしろ。」

「酒は楽しく飲むものだ。 細かい事は気にするな。 朝まで飲むぞー♪」

 その小さな手を取り、真っ直ぐにを見据える。

「私は、お前の身を案じているのだ。」

 本当はが心配で仕方ないのだろう。

 感情を表現するのは元より苦手な白哉の事だ。

 諫めはしても、責める事はしない。

 が眉を寄せた。

「…私は、お前がわからない…」

 黒曜石の瞳が揺れる。

「…気持ちを向けてくれたかと思えば、突然突き放す。 お前は… 私を受け入れなかった…」

 その声は震えている。

 白哉はの手から酒瓶を取り上げた。

「… もう止せ。」

 が首を振る。

「今宵の様に、月の明るい晩は… あの日の事を思い出す… 胸が… 張り裂けそうだ…」

 白哉に拒まれた夜も、今日の様な月が空に掛かっていた。

「白哉… 私は…」

ふわっと。

 優しく少女を抱き締める。

「…少し酒が過ぎたようだな、深雪。 今宵はこれまでにしよう。」

 の小さな手が、白哉の裾を握った。

「白哉ぁ〜…」

「何だ?」

 小さな頭を白哉の胸に預けて、が口を利く。

「…お前は… 私の 特別 だ………」

 小さいながらも、その声は白哉の耳にしっかり届いた。

「知っている…」

 艶やかな黒い髪を撫でるその声は、とても優しい。

「さぁ、離れに戻れ。 送って行こう。」

 身体を離そうとして、が首を振った。

「イヤだ…! 離れ(あそこ)は一人きりだ… とても冷たい…」

 ぎゅっと、白哉を抱き締める。

「…お前の腕の中は、温かい……… 私は… お前の側にいたい………」

………」

 小さな寝息が聞こえて来た。

 しっかりと白哉の裾を握ったまま、は眠ってしまったようだ。

 まだ真夜中の時刻。

 じっと、腕の中のを見据える。

 酒が入ると素直に甘えて来る。

(朝まで… このままでいろと言うのか………)

 確かに、離れるには、この温もりは惜しい。

 白哉は細く笑った。

(たまには、このような日があってもよいか…)

 漆黒の柔らかい髪を、優しく撫でてそう思った。









+------------------------------------------------------+









お相手は、朽木白哉で連載ヒロイン。

「酔っ払ったらどうなるの?」

「え? 甘えん坊になる。(笑)」

的な事をメッセで話してまして、その時にK氏より頂いたリクです。

甘いですねー。

ん、こう言う兄様好みです♥

夏休み企画・2005へのご参加ありがとう。



2005. 8. 14.   亜椎 深雪


back