「ん?」 檜佐木は首を傾げた。 九番隊の副隊長室。 そのドアの隙間に、ある物が挟んである。 「コイツは…」 恐る恐る、それを手に取る。 白い封筒に、『 檜佐木 修兵 様 』 と一言。 どこかで見たような字だが、差出人の名前はない。 思わず、キョロキョロと辺りを見回す。 「ラ、ラブレター…か…?」 室内に入って、封を切る。 『はじめまして。 突然のお手紙をお許し下さい。 貴方を想う余り、眠れぬ夜が続きます。 いつも貴方を見ています。 貴方と目が合うと、それだけで胸が苦しくなります。 貴方が任務で遠くに出かける時は、いつもその無事を祈ってます。 貴方が好きです。 この想いを告げる勇気がなく、遠くから見守っている事しか出来ない私ですが… これからもずっと貴方を好きでいる事を許してください。』 手紙はそれで終わっている。 差出人の名前はどこにもない。 檜佐木はぽりぽりと頭を掻いた。 真央霊術院時代も、幾度か恋文を貰った事はあったが、流石に名前のない手紙ははじめてだ。 「…一体、どんな子がくれたんだろうな…」 綺麗に綴られた丁寧な文字。 「せめて名前くらい書けよ…」 小さな溜息が漏れた。 「………」 髪が長くて、スタイル抜群の綺麗なお姐さん… (いや、乱菊さんみたいな人は、恋文なんて書かねえ。) 小さくて、可愛くてしっかりした女の子… (いや、雛森とも違うよな…) 一体どんな子が恋文をくれたのだろう。 次々と想像を膨らませては違うと、己に言い聞かせる。 (どっちかって言うと、おっとりした感じの… 大人しそうなイメージが…) 一人でぶつぶつ言いながら机に座っていると。 「失礼します、書類を持って来ました。」 部下の声で我に返った。 「お、おう、入れ。」 中に入って来たのは、今期入隊したばかりの少女だった。 少女の名前は、。 出会ったばかりの事を思い出して、檜佐木は細く笑った。 「大分慣れてくれたみたいだな。」 入隊した直後のは、常に緊張していてガチガチだった。 何か話しかければどもり、目が合うと慌てて失敗したり… 檜佐木がフォローしたのも一度や二度ではない。 「は、はい… おかげ様で… /// 」 でも、こうやって赤くなってしまうのは相変わらずである。 ふと、この子なら… と思う。 「、変な事聞くけど… 女がラブレターを書くのって… どんな気持ちなんだ?」 は目をぱちくりさせた。 「え? 恋文、ですか??」 驚いたのか、上擦った声でが続ける。 「檜佐木副隊長… 恋文を…?」 「…まぁ… な…」 少し照れたように困ったように、檜佐木は頭を掻いた。 はどこか照れたように小さく笑った。 「その子はきっと… すごく… 檜佐木副隊長の事が好きなんですよ…」 そのはにかんだ表情に、一瞬ドキッとする。 「私、もう行きますね。 失礼しました。」 ぺこりと頭を下げて、が退室する。 一人残された部屋で、檜佐木が頭を掻いた。 「………」 何故だろう。 胸がすっきりしない、そんな気分だ。 「ん…?」 ふと、が持って来た書類を見て、首を傾げる。 どこかで、見たような字… (まさか、な…) 檜佐木は首を竦めながら、先程のラブレターを取り出し見比べる。 それと書類に綴られた文字は、同じ物だった。 一瞬、頭の中が真っ白になる。 (が…? いや、まさか…) が九番隊に配属されて、まだ一月と経っていない。 加えては、極度の人見知りである。 二人でちゃんと話をした事だってない。 「………」 だけど… 「…っ!」 檜佐木は弾けた様に部屋を飛び出し… 「ひゃぁっ…!」 副隊長室の前で立ち止まっていたのだろう、突然の声にが飛び上がった。 「! お前、まだいたのか…?」 首を傾げる檜佐木。 それを見上げるは、耳まで真っ赤になっていた。 檜佐木の疑問は、確信へと変わった。 「…ちょっと来い。」 副隊長室へと戻る。 ピラッ の前に、例の手紙を突きつけた。 「…お前が書いたな?」 は眉を寄せて、じっと檜佐木を見据えた。 「…はい… ごめんなさい…」 どこか怯えたようなその様子は、檜佐木を戸惑わせる。 「謝るな。 別に怒ってる訳じゃねえよ。 ただ… 何で名前を書かなかったんだ?」 はキツク目を閉じて俯いたまま、ゆっくりと言葉を探した。 「だって… 迷惑だったら、どうしようって…」 その声に、大きく息を吐く。 「誰かわからない方が困る。 どうにも出来ないだろ。」 檜佐木がぽんと、の頭を撫でた。 は、目を丸くした。 「…あの時と、同じですね…」 「ん?」 突然の声に、檜佐木が首を傾げる。 「檜佐木副隊長は、覚えていないかもしれないけど…」 は真央霊術院生の時、魂葬の実習で向かった先で虚に襲われた事がある。 それを助けてくれたのが、檜佐木だったのだ。 「あの時も… 怯えていた私の頭を撫でてくれて…」 その大きな手に、どれほど安心したかわからない。 「私… 檜佐木副隊長が好きです…」 が続ける。 「九番隊に入る前から、好きでした。 あの時のお礼を一言、どうしても言いたかったけど、でも…」 一度、唇を噛む。 「副隊長の前だと、何も言えなくて… だから…」 「だから、手紙で書いたのか…」 檜佐木の声に頷く。 「あの日からはそれまで以上に頑張りました。 九番隊に配属されるように、希望も提出して…」 微かに振るえた声で、が続ける。 「側にいられればそれだけで良かったのに……… もっと、もっと好きになって… すごく、苦しくて………」 が目を伏せた。 「…やっぱり、迷惑ですよね… …忘れて下さい… 失礼します。」 「待てよ…!」 踵を返したの手を取った。 檜佐木は躊躇いがちに、ゆっくりと口を利いた。 「確かに、名前のない手紙は困ったけど… お前のその気持ちは迷惑なんかじゃねえから…」 がゆっくり振り返る。 「…本当、ですか?」 「本当だ。」 檜佐木は少し困ったようにぽりぽりと頭を掻きながら続けた。 「さっき、お前が笑ったのを見て……… 手紙をくれたのが、お前みたいな子だったらいいなって、思ったんだ…」 檜佐木が息を吐いた。 「…俺、お前に嫌われてるって思ってたんだぜ…?」 「え? どうして…?」 が驚いて首を傾げる。 「俺の前だとやたら口篭るし、俺が来たら慌ててどっか行こうとするし… まともに顔も見ねえし…」 「ご、ごめんなさい…! 恥かしくて…! /// 」 真っ赤になって首を振るが、可愛く見えた。 「少しずつでいいから、慣れてくれよ。」 そう言って微笑まれて。 「が… がんばります…」 心臓が止まるかと思った。 同時に。 これからも、側にいたいと。 そう思った。 +-----------------------------------------------+ 浅海 様のリクです。 お相手は檜佐木くんで、ヒロインは九番隊末席の内気キャラ。 『片思いから、告白に至るまで。』 との事でした。 恋文のように古風な物って、ドキッとしますよね。 意表をついてドキッとされる事には成功したので、檜佐木くんをゲット出来るかどうかはさん次第ですよ♥ 『夏休み企画・2005』へのご参加ありがとうございました。 2005. 9. 11. 亜椎 深雪 |