「…ふぅ。」 日番谷が軽く息を吐いた。 「そろそろいいだろ…」 疲れた様子で日番谷が続ける。 「オーイ、帰るぞー!」 離れた場所に声を投げると。 「日番谷! あれ! あれに乗ろう!」 がきらきらと瞳を輝かせてそう言った。 「ダメだ。 内緒で付いて来たくせに、バレたら俺まで何か言われるだろ。」 二人は、現世に来ていた。 日番谷が視察の任務を受けたのを知ったが、勝手に付いて来たのだ。 任務はとうに終えているのに、側に遊園地があったらしく、がそれを見つけたのだ。 に引き摺られるように、園内を回っていた。 「大体、俺はこの義骸ってのが嫌いなんだよ。 帰るぞ。」 任務でもなければ、絶対に入る事はないだろう。 結合が悪いと言うか、締め付けられている気がして落ち着かないのだ。 「少し待て。 雲行きが怪しい。」 が空を指差した。 確かに、どんよりした雲がかかっている。 「だったらなおさら、早く帰…」 ポツ。 ポツポツ ザァァアアア 通り雨だろう。 いきなり降られて、が日番谷の手を取り駆け出す。 「雨宿りがてら、室内の乗り物に乗ろう!」 「そっちが目当てだろ、お前…」 呆れたように日番谷が溜息を吐く。 同時に。 ピカッ 空が光った。 ゴロゴロ… 続いて、轟音が響く。 「きゃぁあ!」 悲鳴を上げて、は室内のアトラクションに駆け込んだ。 (お?) 慌てたの様子に、日番谷が細く笑った。 「そうだ。 雷は嫌いだ。」 は続ける。 「別に、苦手な物の一つや二つ… あっても構わぬだろう。」 「…何も言ってねえだろ。」 呆れたように呟く日番谷に、は両手を合わせてお願いのポーズをする。 「頼む。 雨が通り過ぎるまでで構わぬ。 もう少し、現世(ここ)にいよう。」 やれやれ…と、小さく息を吐く日番谷の耳に。 「何名様ですか?」 アトラクション案内の人間が声をかける。 「とりあえず、二人…」 日番谷が答えた。 「はい、二名様ですね。 お気を付けて! 行ってらっしゃーい!」 元気に見送られて、二人は中に入った。 乗り物らしき物は見当たらない。 どうやら、歩いて進むようだ。 薄暗い、不気味な室内。 「お化け屋敷みたいだな…」 日番谷が溜息を吐く。 「………」 が眉を寄せた。 「誰が怖がるって言うんだよ、こんな作り物。 くだらねえ。 さっさと出ようぜ。」 「そ、そうだな。」 がぎゅっと、日番谷のシャツの裾を掴んだ。 「ん?」 日番谷が眉を寄せる。 「お前、もしかして… 怖いのか…?」 「きゃぁー!!」 日番谷の声は、の悲鳴に遮られた。 突然の悲鳴に、思わず耳を塞ぐ。 「…ったく、バカ野郎! 煙の仕掛けくらいでビビってんじゃねえよ!」 日番谷が続ける。 「お前、本気で怖いのか?」 思わず訊ねてしまった。 日番谷もも、死神である。 幽霊の類は、整(プラス)や虚(ホロウ)として、幾度となく目にしているはずだ。 それに加え、<深雪は最強と称される 防人一族の末裔。 幽霊を怖がるなんて、信じられない。 日番谷が細く笑った。 いつも子ども扱いされてバカにされているお返しをする、絶好のチャンスだ。 「へぇー… お前はこう言うのが苦手なんだな。」 意地悪そうに、の顔を覗きこんだ。 「ば、バカを言うな! こんなもの、別に…っ!」 が何か言いかけた時。 パッ 突然ライトアップされ、その先には。 血を流している、落ち武者の首。 その虚ろな目は恨めしそうに、を睨んでいる。 「ぎ、ギャーっ!!!」 の悲鳴と同時に、風が吹き荒れた。 突然気持ちが昂って、抑え切れなかった霊力が風を巻き起こしたのだろう。 「! 落ち着け!!」 日番谷が声を張り上げるが。 きっと一目散に駆け出したのだろう。 の姿はそこにはなかった。 「はぁ… はぁ…」 肩で大きく息をして、がその場に座り込んだ。 (まったく… 酷い目に合った…) 日番谷の言うとおり、さっさと尸魂界に戻ればよかったと後悔する。 「ん?」 が弾けたように顔を上げた。 薄暗い辺りを見回す。 「日番谷?」 姿が見えない。 はぐれてしまったようだ。 人の気配を探ろうとするが、恐怖に飲まれそれも儘ならない。 「きゃっ…!」 遠くに火の玉が見えた。 は震える自分を肩を抱いた。 「日… 日番谷っ!!」 ぽん。 「○×△☆〜!!!!」 突然肩を叩かれて、声にならない悲鳴を上げる。 「な、んだよ…?」 呆れたような驚いたような声に、振り返る。 「お前が先に行っちまったんだろ。」 日番谷だった。 ぽりぽりと頭を掻いて、呆れたように溜息を吐く。 「冗談だろ? 何でこんな作り物が怖いんだよ、お前?」 日番谷が作り物のお化けを指差す。 その場に蹲ったままが、キッと日番谷を睨んだ。 「お前に何がわかる!?」 食いつくような勢いで、が続ける。 「整(プラス)や虚(ホロウ)より、作り物の方がリアルだ!!」 二百年前、技術開発局の局長であったある男は。 『世界一怖いお化け屋敷とか作ってみたいですねー♥』 嬉しそうにそう言いながら、色々な物を開発したのだ。 遊びに来たはまんまと実験台にされ。 「血を流したままの生首に追い掛け回された事があるか!? 下半身がないのに、肘で走るお化けに追い回されたことがあるか!?」 よほど怖い思いをしたのだろう。 は涙ながらに訴えている。 「やっとの思いで誰かに会えたかと思えば… 目の前でその首が落ち… 首を捜して私に手を伸ばして…」 そこまで言って、恐怖を思い出したのだろう。 はそれ以上の言葉を続けられなかった。 「…なるほど。 で、作り物のお化けが嫌いなのか。」 半分呆れ、半分同情した声で日番谷が頷く。 「大嫌いだ! こんな所にいるくらいなら、大虚に囲まれていた方がましだ!!」 大声でそう言うに。 (…それは違うだろ。) 日番谷が首を竦めた。 「ほら、 さっさと出ようぜ。」 そう言って歩き出した日番谷に、が声を投げる。 「ま、待て! 日番谷!」 日番谷が振り返った。 「なんだよ? 行かねえのか?」 「行きたいのは山々なのだが…」 が語尾を濁らす。 先ほど、突然肩を叩かれた際に… 「…すまない。 どうやら腰が抜けたみたいだ…」 日番谷が呆れて、何度目かわからない溜息を吐いた。 「お前… 死神やめろ。」 「な…!? お前が驚かせるから…」 首を振って、の声を遮る。 「ほら、乗れよ。」 背中を向けて屈んだ日番谷に、が言葉を飲み込む。 「どーした? 置いて行かれたいのか?」 置いて行かれる訳にはいかず、は日番谷におぶって貰う事にした。 「…世話をかけてすまない…」 日番谷の背中で、が呟いた。 「まったくだ。 しかし… お化けが怖い死神なぁ………」 からかうような口調で、日番谷が細く笑う。 「…誰にも言うな。 白哉でさえ知らない事なんだ。」 の声に、一瞬目を丸くする。 「…朽木も知らない、か。」 「そうだ。 私と日番谷と、二人だけの秘密だ。」 の言葉に、口元が綻んだ。 「…わかった。 誰にも言わねえよ。」 自分だけが知る、の秘密。 悪い気はしない。 +-----------------------------------------------+ 北東西 南 様のリクです。 連載ドリーム 『 I wish ... 』 のヒロインで、お相手は日番谷。 『幽霊、雷が嫌いで、いじっぱりなヒロイン。 現世に視察に行く命令を受けて、遊園地に遊びに行く。 お化け屋敷が苦手で、それをからかう。』 とのリクでした。 ギャグ甘な感じで仕上がりました。 ここで言う、あの男とは、あの人の事ですよ♥ 『夏休み企画・2005』へのご参加ありがとうございました。 2005. 9. 7. 亜椎 深雪 |