1 on 1



「宮城先輩、どうかしましたか?」

 試合も終わり、解散したはずなのに、宮城はベンチに座ったまま動かない。

「…宮城先輩?」

 が首をかしげる。

 宮城はグッと強く拳を握った。

「…情けねえよな。 ダンナが引退したらこの様だ。」

 宮城は俯いたまま、続ける。

「俺に、藤真は止められないのか…」

 藤真が試合に出たのはたった3分、その間に何度も抜かれた。

「スピードも技術も…身長だって、俺は何を取っても勝てないんだな…」

 宮城らしかねない弱気な発言。

 何か言葉をかけようとした彩子を、が制した。

 何を思ってか、は湘北側のベンチから離れて、翔陽の藤真の元へ歩み寄っていた。

「先輩、疲れてます?」

 にっこりと笑う可愛い後輩を見て、藤真の口元も綻ぶ。

「いや、全然。」

 返事を聞いて、は藤真をコートに引っ張り出した。

「 1 on 1 、久々に相手して下さい!」

 の突然の提案に、驚いたのは藤真だけではない。

、何言ってるの?」

 彩子など、目が落ちるのではないかと言うほどに、大きく見開いている。

「テープ巻いて来ましたから、足は大丈夫ですよ。」

 考えている藤真に、笑顔でが言う。

「仕方がないな…手加減しないぞ。」

 藤真は、の髪をくしゃっと撫でて細く笑った。

「もっちろんです!エースの看板、今日限りで下ろさせて貰いますから、そのつもりで!」

 県下1・2を争うポイントガード・藤真にタンカ切るに、彩子ははらはらしっぱなしである。

「練習してな。 久しぶりなんだろ。」

 藤真は優しくそう言って、メンバーに解散を告げるべく一度ベンチに戻った。



「…うそ………」

 彩子は絶句した。

 いや、彩子だけではない。

 湘北も翔陽も、体育館にいた全員が驚きのあまり動けずにいた。

 規則的なドリブル音、藤真はを抜く事が出来ず、は抜いてもゴールを決められていない。

 5分ほど経つであろうか、どちらもまだノーゴールである。

((…上手いな、やりにくい…))

 と藤真は共に同じ事を思っていた。

 のオフェンス。

 藤真を抜き中へ切り込むかと思いきや、はフリースローラインから、ボールを放った。

 しかも。―――

「ワンハンドのフェイダウェイっ!?」

 全視線がゴールに向けられた。

パシュッ。―――

 ボールはキレイにゴールに吸い込まれて行った。

 藤真は信じられないと言う様子で、を見つめた。

 はにっと笑って飛び跳ねた。

「やった〜! 入った、すご〜い!」

 無邪気に喜ぶに、藤真は悔しさなど忘れ可愛いなどと思ってしまう。

 宮城は瞬きも忘れたように、二人のプレイに見入っていた。

「…ね、2年半のブランクがあるのよ。」

 突然の彩子の声に、宮城は目線を投げた。

 彩子はにっこりと笑っていた。

「アンタも、しっかりやりなさいよ。 キャプテンなんでしょ、リョータ。」

 彩子の笑顔にわずかに赤くなりながら、宮城は力強く頷いた。

 大袈裟に喜んで飛び跳ねている時、不意に視線を感じては背後を振り返った。

 いつもの倍は不機嫌な流川が、そこに立っていた。

「な、何…? 藤真先輩と遊んでるんだから、邪魔しないでよ。」

 ただならぬ殺気に、は眉を顰めた。

(…遊ばれてたのか。)

 藤真が苦笑った事に、は気付いていない。

「テメェ、手抜いてやがったな…」

 流川は前の、1 on 1 の事を言っているようだ。

 あの時、流川との勝負で決着は付かなかった。

 は首を傾げた。

「だって、私言ったよ? 少しだけだよって。」

 その言葉に、流川はさらに不機嫌になる。

 つまり、の言う少しとは、少しだけ遊んでやるとの意だったらしい。

 流川は振り上げかけた拳を堪えて、手が出る前に着替えに向かった。

 怒りが収まるまでは、姿を現さないだろう。

パシュッ。―――

「え?」

 がゴール音に振り向いた時は、 既に遅かった。

「俺の勝ちだな。」

 藤真が不敵に笑っている。

「あぁっ! 先輩ずるい!」

 流川と話している間に、3Pシュートを決められてしまったようだ。

「勝負の最中に余所見をする方が悪いんだよ。」

 藤真は、の頭をぽんぽん叩いて笑っている。

「納得できません! もう一勝負…」

 食って掛かるように自分を見上げるに、藤真は小さく息をついて囁いた。

「…昔みたいにしごかれたいのか、?」

 一瞬の内に、脳裏を地獄図が駆け巡る。

 は真っ青になって、慌てて藤真から離れた。

「あ、ありがとうございました…」

 逃げるように、湘北ベンチに戻るの小さな背中を見つめて、藤真は苦笑った。

(そんなに、きつかったか…練習………)



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