そして…



12月初旬、神奈川。

 冷たい風に、髪が揺れる。

 この場所に来たのは、三度目。

 最初は、藤真と。

 二度目は、大阪へ行く前に。

 そして、今日。

「炎くんに、話があるんだ。」

 改まってかしこまるのもどこかおかしくて、くすぐったい気持ちになる。

「この前来た時は、きっと泣きそうな顔してたと思う。」

 雨が降っていた。

 ネックチェーンを清田に取り上げられて、怒鳴られて。

 樋口を想い続けていた三年間を、そして三年前の楽しかった日々を、否定された気がした。

「心配かけてごめんなさい。」

 頭を下げてみた。

 当然ながら、答える声はない。

 今は。

「何か、すっきりした感じ。」

 胸に刺さっていた棘が抜けたような、そんな気持ちである。

「MD、大ちゃんにもらったよ。 ありがとう。」

 日本に戻って、ちゃんと話をしに来なかった。

 湘北に編入してバスケ部のマネージャーになった事。

 翔陽に通っている藤真と、再会した事。

 この4ヶ月あまりで、出会った人達の事。

 瞳を一度閉じた。

 夏。

 広島でインターハイを見た。

 まだ、未練があったのだ。

「私と炎くんと、あと先輩とで、男女それぞれ全国制覇するんだって。 そんな話もしたよね。」

 強豪・山王工業を相手に、大健闘を見せた名もないチーム。

 湘北高校。

 その試合を見て、三年前の自分の姿を重ねた。

 その試合を見て、湘北に編入する事を決めた。

「私達と同じ。 夢を追いかけてがんばってたから。」

 コートのポケットから、何か取り出す。

「もう時間だから、私行くね。」

 取り出したのは、一通の手紙。

 一輪のひまわりと一緒に、添える。

 立ち上がり、髪をかき上げた。

 柔らかく、微笑む。

「今度来る時は、100点の笑顔を見せるから。」

 続ける。

「私は大丈夫だよ。 今度は本当。 だから、心配しないで。」

 歩き出そうとして、言い忘れた事があるのを思い出した。

 ゆっくり振り返る。

「大好きだよ、炎くん。 だけど…」

 風が吹いた。

「…ううん、やっぱりいいや。 また今度ね。」





ふと。

「…?」

 お寺の石段の一番下の段に、誰か座っている。

「三井、先輩?」

 の声に、三井が立ち上がって振り返った。

「何してるんですか、こんな所で?」

 三井はわざとらしく、視線を反らした。

「お前が… ここ上がって行くのが見えたから…」

 わずかに驚いて、は三井を見上げた。

「…待ってて、くれたんですか? ずっと…?」

 学校へ行く前に、この場に寄ったのだ。

 一時間くらい経っていた筈なのに。

 三井は何も言わずに、そっぽ向いていた。

 その仕草が図星だと言う事を、は知っている。

 は小さく笑った。

「行きましょう! 急がないと二限目に間に合いませんよ!」

 三井の、自分のより大きな手を取る。

「先輩、手冷たい〜!」

「お前も冷え切ってるだろ!」

 からかうようなの声。

 冷え切った小さな手だけど、今まで感じた事がないくらい温かく、心地よく思える。







大好きだよ、炎くん。 だけど…

…炎くんじゃない誰かを、好きになっても… いいかな?







『もちろん、信じるわ。』

 添えられたひまわりの花びらが揺れる。

『ほんま強い子やな。 大好きやで、ちゃん。』

 風が吹いた。

 新しい一歩を踏み出そうとする少女の、背を押してやるように。



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