思い出の場所



県立文化体育館。

「ココで初めて会ったんです。」

 コートから客席を見上げて、が言った。

「私は客席にいて、炎くんがコートに立ってて。」

 が思い出すように、瞳を閉じた。

「今日みたいに、閉館後に忍び込んだから、誰もいないと思ったんですけどね。」

 少しはにかんだ。

 三井は何も言わずに黙っていた。

「私の夢はココから始まって… そして、ココで終わったんです。」

 じぃっと三井を見上げた。

「先輩も、ココで夢を叶えましたよね?」

 三井が頷く。

「お前と同じ、三年前の冬にな。」

 は細く笑った。

「どんな気持ちでした?」

 突然の問いに、三井は首を傾げただけだ。

「私、覚えてないんですよ。 ただ嬉しくて… それだけで…」

 試合終了後、挨拶も間々ならないまま、そのままベンチにいた藤真と樋口の元へ駆け寄った。

 の部屋に飾ってあるのは、その時の写真である。

 仲良くなった記者に、貰った物だ。

「あの頃は。」

 ゆっくりと、コートを歩く。

「怖いものなんてなくて、ただ、夢を追いかけていました。」

 顔を上げて、わざと明るい声で言った。

「すごく臆病になったのは、大切なものを失くしてから。」

 三井は眉を寄せた。。

「…大人になったって事じゃねえのか。 いつまでも、ガキじゃいられねえだろ。」

 の背中をじっと見つめる。

 一体、どんな表情をしているのだろう。

 どんな気持ちで、話をしているんだろう。

 ココはにとって、樋口炎にとって、大切な思い出の場所。

 この場にいるのが自分でいいのだろうか?

 そんな気持ちすら感じてしまう。

「私… 何も知らなかったんです、炎くんの事…」

 が続ける。

「炎くんは、誰にも言わずにずっと隠してた事があって… それは私が足をダメにした時に、やっとわかった事で…」

 三井は一度瞳を閉じて、じぃっとの背中を見据えた。

「足… 何でダメになったんだ? 関節でもやられたのか?」

 少し、間があった。

「…アキレス、切ったんです。」

 すぐに言葉を返せない。

「…交通事故か、何かで?」

 はゆっくり振り返った。

「この場所だったら、またスタート出来ると思うんです。 自分のために、一歩踏み出せるって。」

 まっすぐに三井を見つめるその瞳は、不安で揺れていた。



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