古傷



放課後。―――――

 やはり彼女は体育館に顔を出した。

 そして、いつもと違った空気を感じ取り、首を傾げる。

「リョータ、任せるわよ。」

 彩子は新キャプテンに部を任せ、少女の元へ向かう。

「少し、話さないかしら?」

 突然彩子にそんな事を言われ、少女は困ったように目をパチクリさせる。

「練習を見ながらでいいの。さあ、入って。」

 柔らかな表情で促す彩子に、断る理由もないので少女は中に入った。

 少女に椅子を勧め、自分は向かいに座り、彩子が話を切り出した。

「まず、クラスを聞かせてもらえるかしら、ちゃん?」

 ボールの音が響く中、自然と声も大きくなる。

「あ、はい。」

 緊張しているのか、少しおどおどした様子の少女に彩子の口元が緩む。

(本当に可愛いわ。)

「あの、一年四組…です…」

 上目使いに彩子の顔色を伺いながら、は答えた。

 気まずそうに、続ける。

「…私を、知ってるんですか?」

 複雑な表情で彩子を見上げる

「まあね。バスケに関わっていて貴女を知らない人なんていないわよ。」

 彩子がまっすぐにを見つめた。

「…足は、大丈夫なの?」

 は小さく頷いた。

「アメリカで、リハビリを続けてましたから。日常生活に、支障はありません。」

 制服の裾を強く握り締めて、それでも表情は崩さずには話を続けた。

「…バスケは?」

 彩子が躊躇いがちに聞いた。

「激しいスポーツは出来ません。走ったり、飛んだりするにも足がついて行かないんです。」

 は淡々と答えた。

 気にしている様子もなく、口調は明るい。

 無理をしている事は一目瞭然だった。

 笑顔が、作り物のように見える。

「バスケは、好き?」

 彩子の言葉にはにこりと笑うだけだった。

「貴女ほどの実力者なら、皆にアドバイスも出来るわ。マネージャーやってみない?」

 は席を立った。

「折角ですけど、お断りします。」

 首を横に振る。

「皆のプレイに嫉妬するのは、もう嫌なんです。」

 彩子に頭を下げて、は背を向けた。

「ねえ、もう一つだけ聞いてもいいかしら?」

 彩子がそう言って呼び止めるが、は振り返らなかった。

「足、どうして悪くしたの?」

 彩子のこの問いに、館内の全員が耳を傾けた。

 は答えなかった。

 足を止めて振り返り、微笑した。

「練習を中断させてしまってすみませんでした。」

 入口の所で頭を下げて、体育館から出て行った。

「…どうして、笑っていられるのかしら………」

 彩子の独り言に、三井が相打ちを投げた。

「仕方がねえって、割り切っちまってる感じだな。かなり辛いと思うぜ。マネージャー、強制はするなよ。」

 静まり返った体育館で額の汗を拭いながら、流川はが去った入口を睨んでいた。



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