包帯



「清田君、ちょっと来て。」

 一年とマネージャーで、体育館のモップ掛けしていると、突然が清田を呼んだ。

「な、何すかちゃん? 用なら掃除の後に…」

 ぴっと人差し指を立てて、清田を黙らせる。

 言葉を飲み込んだ清田に、はにっこりと笑った。

「突き指したでしょう?」

 いきなり図星を指摘されて、清田は驚きのあまり口をパクパクさせた。

「隠せるとか思ってたの? ほら、手当てするからちょっと来て。」

「でも、まだモップ掛けの途中…」

 海南大付属、どんな理由があろうとも一年は掃除を怠ってはならない。

 たとえ、レギュラーでもだ。

「いいわよ。 あたし達でやっておくから、行きなさい。」

 彩子の言葉に清田は頭を下げた。

「すんません… 失礼します。」

 救急箱を開いて、湿布と包帯を探す。

「試合の途中に痛めたの?」

「あ、うす…」

 清田は短くそう答えた。

 どうも慣れない。

 と二人きりになると、変に緊張してしまう。

「あ、わかった。 宗ちゃんの3Pを止めた時でしょう。」

 クスッと笑って、は清田の手を取った。

 手当てされているだけなのに、落ち着かない。

「お、おう…」

 は手当てをしながら、清田を見る。

「凄かったね、びっくりしちゃった。 怪我をしなければ、満点ね。」

 憧れのに誉められて、単細胞清田、図に乗る。

「かーかっかっか! 当然っ! 何たって湘北戦の時の勝敗だって、俺で決まったみたいなもんだからな!」

 はその話を知らない。

「え? 良ければ聞かせて。」

 にっこり笑ったに清田は得意になる。

 インターハイ出場の切符を掛けた戦いで、三井の3Pを弾いたのは他でもない清田だった。

 残り時間が少なかった中、あのシュートが決まっていれば、海南の17年連続優勝はなかっただろう。

 ゴールデンルーキーとやらも、自称ではないかも知れない。

「私ね、清田君って凄いと思うよ。」

 が言った。

「身長、いくつ?」

「えっと…178っす。」

 は細く笑った。

「ほら、桜木君や流川君より、10センチくらい小さいじゃない。」

 の言いたい事の意図がわからずに、清田は少しむっとした。

 比べられている気がしたからだ。

「でも、ダンク出来るよね。」

「へ?」

 にこにこと笑うに、小さく頷く。

「まぁ、一応…」

「凄いと思うよ。 だって、単純に考えても、桜木君や流川君より、10センチ以上高く跳ばないといけないって事でしょ?」

 清田は目を丸くした。

 今までそんな風に誉められた事なんか、一度だってない。

 むしろ、流川を止められず、陰口を叩かれていた。

「自信を持ってもいいと思う。 清田君は、凄いプレイヤーよ。」

 にっこり笑ったに、清田は頬を赤らめた。

 調子に乗るからと言う理由で、誉められた事なんてないのだ。

 海南レギュラーと言うプレッシャーに潰されそうになった事もあった。

 でも怖くて、誰にも相談出来なかった。

 現に今だって、流川に対してコンプレックスを感じている。

「………っ。」

 何故、はわかるのだろう。

 何故、優しく言葉をかけてくれるのだろう。

 何故、こうも人をよく見るのだろう。

 そう思った時、ふいに涙が込み上げた。

「あっ、ゴメン。 痛かった?」

 綺麗に包帯の巻かれた指。

 清田は首を振って、乱暴に目を擦った。

「や、目にゴミが入っただけっすよ☆」

 にっこり笑って、を見つめる。

「清田君は清田君なんだから、何を言われても気にしちゃダメよ。」

 そう言い残して、は彩子の元に戻った。

「…よし!」

 の話を聞いて、胸につかえていたモノが軽くなった気がする。

 しばらく包帯の巻かれた指を見つめながら、清田はそこに座っていた。

「……………ふぅ。」

 一通りのやりとりを偶然見ていた神が、溜息を吐いた。



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