温泉2



「…機嫌が悪いみたいだな。」

 脱衣所で藤真に声を掛けられた。

 既に桜木等の姿はなく、そこには藤真しかいなかった。

「…オカゲサマでな。」

 誰のせいだと毒付きたくなるのを押さえて、三井は無愛想に言った。

 露骨に嫌な顔をされて、藤真は首を竦めた。

「子供だな。 妬いてるのか?」

 ズバリ図星を言い当てられ、三井は勢いよく怒鳴った。

「誰がだよ!」

 そんな様子を見て、藤真は口元だけで笑った。

「…あの日は悪かった。 自分の気持ちを押さえられなかったんだ。」

 三井は驚いて藤真を見た。

 あの日、それを謝ったとなると。

「…俺がいた事、知ってたのか?」

 藤真は首を竦めた。

「お前だけじゃないさ。 神もいた…」

 頭に血が上った。

 三井は藤真の胸倉を掴み上げていた。

「…見せ付けてたって、事かよ?」

 静かな声音は、確かに怒りを含んでいた。

「忠告だ。」

 藤真は臆する事もなく、三井を見据えていた。

「彼女に深入りするな。 傷付けたくないなら、放っておいてくれ。」

「ふざけんな! お前に言われる筋合いなんか…!」

 三井の怒鳴り声を制したのは、静かな声だった。

「…同感です。」

 突然の第三者の声、三井は驚いて振り向いた。

「手を離してください、三井さん。」

「………神。」

 穏やかに微笑んだ神。

 その笑顔に毒気を抜かれて、三井の手から力が抜けた。

「…に関わるなって、そう言うのか?」

 疑問と戸惑いの雑じった声。

 神は小さく頷いた。

「…貴方は、の事を何も知らない。 半端に優しくしたら、は傷付く…」

 神は真っ直ぐに三井を見つめていた。

「これ以上、が泣くのを見たくないんです。 に関わらないで下さい。」

 三井は言葉を探せない。

が傷付く? 俺は何も知らないだと…?)

 ただ悔しかった。

 自分が知らない事を、幼なじみと先輩は知っている。

 自分が優しくすると言う事で、が傷付くと言うのか。

 三井は拳をキツク握った。



 休憩室に座って、は桜木等と何やら話をしていた。

「あ、宗ちゃん!」

 神の姿を見つけ、嬉しそうに手を振る。

 神は優しく微笑んで、の頭を撫でた。

 と、肩にかけられたバスタオルで、の髪を拭う。

「きゃ〜、何するの〜っ!」

 しばらくして解放されたが、の髪は乱暴に拭われてボサボサになっていた。

「もう、折角憧れのストレートになってたのに〜。」

 ぷぅと頬を膨らませる

「濡れてたから、風邪引くと思って。」

 手櫛で梳かしてやりながら、神は細く笑った。

「ひゃっ !?」

 頬に突然冷たい物が触れて、は小さく悲鳴を上げた。

「せ、先輩?」

 振り返ってみると、藤真が微笑んでいた。

「いる?」

 イチゴミルクを片手に、に訊ねる。

「はい、いただきます。」

 嬉しそうに笑って、イチゴミルクを受け取る

「お、おのれ、補欠クンにジンジンめ…」

 悔しそうに肩を振るわせる桜木の隣で、清田は神と藤真を見比べていた。

 場の和んだ休憩所。

 三井は何も言わず通り過ぎた。

 藤真と神に囲まれて、嬉しそうに笑っているを見たくない。

 自分に向けられる笑顔と、明らかに違うその笑顔を。



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