夜風



『彼女に深入りするな。 傷つけたくないなら、放っていおいてくれ。』

『…貴方は、の事を何も知らない。 半端に優しくしたら、は傷付く…』

 べきっと鈍い音がした。

 潰した空き缶をゴミ箱に投げ入れて、三井は前髪を掻きあげた。

 時刻は11時を回った所。

 肌寒い風が吹いている。

 藤真と神の意味あり気な言葉、のストラップのイニシャル、首から下げたネックチェーン…

 そして、自身の事。

「…何も知らないんだよな。」

 気が付けば、体育館に来ていた少女。

 初めは目が合うと照れ臭くて、まともに見れなかった。

 今は。

「…後悔、してるな。」

 が誰を選んだにしても、自分には関係ない事。

 それを、怒鳴りつけて泣かせてしまった。

「…ダセエ。」

 明らかに嫉妬していた。

(とりあえず、どうにか謝らねえと…)

「どうかしましたか?」

「何でもねえよ…」

 突然の声に振り返って、三井は固まった。

 どう謝るべきか悩んでいる相手が、そこに立っていた。

「…っ、っ!!」

 ひどく慌てふためく三井に、は悲し気に微笑んだ。

「…ゴメンなさい、私行きますね。」

 小さく頭を下げてその場を去ろうとするの腕を、三井は咄嗟に掴んでいた。

 驚いたように首を傾げるをまっすぐ見据えて、ずっと思っていた事を口にする。

「…あ、その…何だ、えっと………」

 三井の突然の行動に戸惑う瞳、はかすかに怯えていた。

 胸が痛むのは、それでもが大切だから。

「…悪かった。」

 小さく項垂れて、三井はもう一度口を利いた。

「…本当に、悪かった。」

 は驚いたように目を見開いていたが、やがて首を傾げた。

「…どうして謝るんですか?」

 夜風と交わり消え入ってしまうのではと思うほど、の微笑は儚く見えた。

「…あの日、俺がどうこう言う問題じゃなかっただろ。 それなのに怒鳴っちまって…」

 は小さく頭を振る。

「いいです。 宗ちゃんにも、言われましたから。」

 最近になって、三井には思う所がある。

 いつも自分達に向けられる、の微笑み。

 どこか偽りのように見える時がある。

 現に今だってそうだ。

 笑顔を見て、心が痛む事があるなんて思わなかった。

「どうかしましたか?」

 また、いつもの笑顔。

 本当は、問い質したい。

 日本人にはありえない鳶色の髪、緑色の左目、アメリカに行っていた理由… そして足の怪我の事。

 口に出すのは容易いかも知れないが、怖いのだ。

 が、この謎めいた想い人が、どこか遠くに行ってしまいそうで…

「…三井先輩?」

 三井はどきっとしたように我に返った。

 大きな瞳を丸くして、は三井を見つめていた。

「こんな時間にこんな所にいると、風邪ひきますよ?」

 三井は小さく息を吐いた。

「…おう。 お前も早く休めよ。」

 重い腰を上げて、部屋へ戻る。

「はい。 オヤスミなさい。」

 に手を振り返して、三井は頭を振った。

(…考えるな。)

 そう自分に言い聞かせる。

 いくら考えてもわかるはずなんてない。

 それならいっその事、割り切ってしまった方が気分が楽になる。

 風が吹いた。

 必要以上に、冷たく感じられた。



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