携帯電話



「ありがとうございました!」

 後片付けも終わり、二人のマネと4人の問題児が翔陽高校の体育館から出ようとした時、愉快な音楽が鳴った。

 携帯電話の着信音らしい。

「ご、ゴメンなさい…」

 が慌てて、カバンをひっくり返した。

「リョーチン、もう帰るのか?」

 桜木が動き足りないと言わんばかりに、宮城を見据える。

「お前は学校に戻って練習しやがれ! このシロートが!」

 すっかり調子を取り戻した宮城、それを横目で見る彩子も心なしか安心しているようだ。

「一緒に行くか、桜木? 俺もう少し、体動かしたいんだ。」

 三井がイジワルそうに笑う。

「なんなら、コーチしてやろうか、ドシロート?」

「…口出しならしてやる、どあほう。」

 ちゃっかり口出しをする流川、こやつもまた学校へ戻るつもりのようだ。

 今や湘北バスケ部の名物・桜木と流川の意地の張り合いが始まろうとした時、は電話を切った。

「電話、誰から?」

 彩子のこの一言で、言い争いが終わる。

 実はコイツ等、の電話相手が気になって仕方がなかったらしい。

「あ、幼なじみです。 約束があったんですけど、部活が長引くらしくて…キャンセルされちゃいました。」

 ぷぅと頬を膨らませる、いじけるその仕草も可愛らしい。

「あ…」

 彩子が何か言うより早く、他4人 (を除く) が、あからさまに嫌な顔をした。

 首を傾げて振り向くより早く、はくしゃっと頭を撫でられた。

「藤真先輩。」

 藤真はにっこりと笑いながら、に一枚の紙を差し出した。

「何ですか?」

 とりあえず貰って、が訊ねる。

「俺の番号。 交換しようって言ったのそっちだろ。」

 藤真の言葉に、はぱぁっと目を輝かせて。

「ありがとうございます!そうだ、私の番号は…」

 ペンを取り出そうとするに、藤真は微笑んで、

「必要な時に、掛けてくれればいいよ。」

 と、もう一度髪を撫でた。

 さて、藤真は睨むように (実際睨んでいる) 自分を見据える湘北バスケ部に視線を向けた。

「今日はありがとう。 機会があれば、またよろしく頼むよ。」

 翔陽の監督として、キャプテンとして、藤真の態度は潔いまでに堂々として失礼がなかった。

 ただ、を抱きすくめていた事以外は。

 対する湘北は、に馴れ馴れしくするなと、目で訴えていて礼儀のれの字もない。

 藤真が自分とメンバー達の間をすり抜けて体育館を出て行くのを見届けて、はメンバーの顔を見比べた。

「…皆、変ですよ。 どうかしました?」

 首を傾げるに、一同は溜息を吐いた。

(((…何で他所の先輩に教えて、俺らに言わねえんだよ。)))

 意地とプライドにかけて、そんな事は絶対に口には出さない。

♪〜

「あ、悪い…」

 誰からか確かめもせずに、三井は電話に出た。

「ミッチー、彼女か?」

 茶化した桜木に、宮城が即座に否定する。

「彼女がいるなら、引退してるって。」

 本人達は小声のつもりでも、周りにはしっかり聞こえていた。

「「もしもし。」」

 三井は驚いて、声のした方に視線を投げた。

 が携帯電話を片手に、三井に手を振っている。

 はすぐに電話を切った。

 呆然としている三井に近付いて、その顔を覗き込む。

「私の番号です。 登録しておいて下さいね。」

 少し前に彩子から全員の番号を聞いたのだが、機会がなかったため掛けなかったと言う。

「だって、藤真先輩に教えて、皆に教えないなんて変ですよね。」

 笑顔でそう言って、は宮城と流川にもワン切りをした。

 桜木はこの日ほど、携帯電話を必要とした日はなかった。

「…ちゃんとわかってやがる。」

 三井の口元に小さな笑みが浮かんだ。

「よし、行くか!」

 一時前とはうって変わりご機嫌な様子で、学校へ戻るために歩き出す三井達。

 何とまぁ、単純で扱いやすい事だろう。

「彩ちゃん、何か食べに行こうよ。」

 宮城は彩子を昼食に誘っている。

「奢ってくれるなら、行ってもいいわよ。」

 彩子はまんざらでもないようにそう言って、にどうするかと聞いた。

「二人の邪魔はしませんよ。 私、先に失礼しますね。」

 は、荷物一式が入った大きなスポーツバッグを肩に担いだ。

「お疲れ様でした! 明日からも、練習頑張りましょうね!」

 笑顔で駆け出すを、メンバーは手を振って見送った。

 彼女が、どこへ向かったのかも知らずに。



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