「…ふぅ。」
この数分の間に、は何度溜息を吐いたであろう? 昨日、流川に挑まれた体育館。 は複雑な表情で、その前を行ったり来たりしていた。 コツコツと規則的な音が聞こえる。 左足を支えている杖が、音源のようだ。 流川に突然挑まれて応じてしまったため、足を少し痛めたのだ。 「………やっぱり、帰ろうかな。」 どうにも決心が付かず、踵を返して帰ろうとしては呼び止められた。 「こんにちわ。」 声がした方を振り返ってみると、一人の女生徒がこっちに向かって歩いて来る。 は何も言わず、ぺこりと頭を下げた。 「あたし赤木晴子って言うの。よろしく。」 女生徒はそう言うと、に向かってにっこりと微笑んだ。 「バスケ部の見学でしょ。さっきからずっとそこにいる。」 はかぁっと頬を赤らめて、勢いよく首を振った。 「もう、帰るから…」 「入りましょ。」 歩き出そうとするの言葉を遮って、晴子が手を引く。 急に引っ張られてバランスを崩しかけたが何とか持ち堪えて、それでもは譲らない。 「…本当に、帰るから…放して。」 晴子はを見つめて微笑んだ。 「ずっと、見てたでしょ?」 は首を傾げた。 晴子は笑顔で続ける。 「インターハイ、見に来てたでしょ。」 はわずかに驚いたが、やがて小さく頷いた。 「一生懸命にプレイしている皆を、見守るように見てたよね。」 晴子はインターハイ以降、彩子に誘われてマネージャーの話を考えた。 しかし、自分よりもの方がマネージャーに相応しいと思い、辞退したのだ。 「…わ、私は別に………」 顔を赤くしてぷいっと目を反らす、何も言葉が出て来ない。 「バスケが、好きなんだよね。」 疑問系ではない、確信めいた口調。 晴子はの手を取って、ゆっくりと再び歩き出した。 「ほら、勇気を出して。」 体育館の入口に差し掛かって、歩みを止める。 「皆、待ってるよ。」 晴子の声がすごく優しく聞こえて、は俯いたままだった顔を上げた。 二人に気付いた彩子が、すぐに寄って来た。 「足、どうしたの?」 杖を突いたを見て、彩子は心配そうに訊ねた。 部員達も全員聞き耳を立てている。 もはや、練習どころではないらしい。 はゆっくりと体育館を見回した。 高いリング、跳ねるバスケットボール。 ずっと秘めていたモノが、込み上げて来るようだった。 その場に今にでも崩れてしまいそうな体を、必死に支える。 「私、私………」 晴子ががんばれと言っているのが聞こえる。 は一度、強く瞳を閉じた。 「…バスケが、好きです………」 言葉と一緒に溢れてしまいそうな熱い想いを堪えて、は言った。 震えている小さな肩をそっと抱き締めて、彩子はに微笑んだ。 「…待ってたわよ。」 そのたった一言が、どうしようもないほど嬉しくて。 溢れそうになる涙を、懸命に堪えた。 大好きなバスケが出来なくなって、立ち直れなかった。 辛くなるから、バスケと関わらないようにしていた少女が、マネージャーとしてバスケに戻って来た日だった。 彩子は何も言わずに、を抱き締めていてくれた。 |