コツコツコツ。――― 規則的な杖の音が聞こえる。 は、駅前で歩みを止めた。 「…あと、5分か。」 丁度いい時間に着いた。 足の検査で病院に言って来た帰りである。 異常はなかった。 杖を突いているのは、不安だったから。 何でもないと、信じて自分に言い聞かせたかった。 ふと、どこか見覚えのある制服を着た男達が歩いて来る。 目が合ってしまい、はやれやれと溜息を吐いた。 「可愛いね、君。 遊びに行こうよ。」 「足が悪いなら、支えてあげるよ?」 あっと言う間に取り囲まれてしまい、わずかに頭痛を感じた。 (…日本人って、皆こうなのかな?) はじっと男達を見上げた。 色違いの瞳で見上げられて、男達は小さく口笛を吹いた。 『何か御用かしら? 私、日本語わからないの。』 流暢な英語で言って、は微笑んだ。 大抵のナンパなら、これで諦めて帰って行く。 日本に戻って、身につけた技であった。 だてに帰国子女はしていない。 案の定、男達は驚いている。 は鼻歌交じりに、約束の人が来るのを待った。 と、いきなり肩を抱かれた。 驚いて見上げると、3人目の男がにやりと笑っている。 『言葉が通じないなら大変だろう? 案内してやるから、来いよ。』 男の口から出た英語に、は目を丸くする。 『人を待ってるの。 離してくれない?』 は男の手を振り払った。 男も諦めず、を連れ出そうとする。 『遊ぼうぜ、ほら。』 強く腕を引かれて、は焦った。 まったく、なんてしつこいのだろう。 それでもなお拒否するに、男が囁いた。 『どうせナンパ待ちしてたんだろ。』 強く腕を引っ張られて、バランスを崩し、腕に固定していたはずの杖が音を立てて石路に落ちた。 男の無礼な態度と、軽い台詞に頭にきて手を振り上げたが、その手は誰かに掴み取られてしまった。 驚いて振り向くと、背の高いツンツン頭の男が。 (…まだいたの?) は本気で覚悟を決めた。 逃げられない。 バキィッ。――― 「…へ?」 は間抜けな声を上げた。 ツンツン頭が、ナンパ男を殴り飛ばした。 「殴ったら、手が痛くなるよ?」 にっこりと微笑むツンツン頭、は訳がわからない。 「みっともないでしょ? 嫌がってる子を無理に連れ出そうとして。」 飄々と言うツンツン頭に、男達は尻尾を巻いて逃げていった。 石路に落ちた杖を拾って、ツンツン頭はに微笑んだ。 「はい。 大丈夫?」 杖を受け取って、は小さく頷いた。 「仙道!」 突然の待ち人の声に、は振り返った。 「藤真先輩!」 「ああ、藤真さんの連れだったんですか。」 仙道と呼ばれたツンツン頭が、一通り何があったのか説明してる間、は強く藤真を抱き締めていた。 「そうか、悪かったな。」 藤真はを優しく抱き締めながら、一言礼を述べる。 「イエイエ。」 仙道は首を竦めて、わずかに屈んでを見つめた。 邪気のない笑顔に警戒心を解いたのか、始めはきょとんとしていたも、つられて微笑んだ。 「やっぱり笑った方が可愛いよ、うん。」 仙道はの頭をぽんぽんと撫でた。 「俺、陵南の仙道彰。 よろしくね。」 「あ、です。 あの、アリガトウございました………」 自分を上目使いで見上げるに、仙道は小さく笑った。 「日本語、喋れるんだ。」 は小さく笑った。 仙道は藤真に向き合った。 「じゃ、この辺で。」 を一度見て、揶揄るように言う。 「目を放しちゃダメですよ。 ちゃん可愛いから。」 手を振りながら小さくなって行く仙道の背を見つめて、藤真は小さく呟いた。 「…わかっているさ。」 「え?」 が小首を傾げる。 藤真はにっこりと微笑んだ。 「行こうか。」 差し出された手を握って、2人並んで歩き出す、風の冷たい午後だった。 |