秋空の高い、晴れた日だった。 午前中の授業は全て終了。 お昼休み、購買部に走る生徒達の波に逆らうように、は歩いていた。 (…忘れてた。) この廊下を通るべからず。――― クラスメイト達に教えられた言葉だ。 この廊下は昼の時間帯、何故か異常に混雑する。 何でも、一度生徒の波に飲まれたら最後。 午後の授業が始まる直前まで、抜け出すのは困難だと言う。 「ゴメンなさい… ちょっと、通して…」 の声は、誰にも届かなかった。 今まで必死に歩いて来た方向へ、押し戻される。 (…何で、こんなに混むの、日本の高校生ってわからない…) 昼休みを半分諦めた時、誰かがの腕を掴んだ。 「…え?」 廊下の端に引っ張られて、はその人物を見上げた。 「…あ、流川君。」 「…なにやってんだ、どあほう。」 呆れた様子の流川に、は手振り身振り訴える。 約束をしているのに、この波から抜け出せないと。 流川は小さく溜息を吐いた。 「…どこに行きたい?」 「屋上。 天気がいいから、三井先輩に誘われたの。」 その答えを聞いた流川は、面白くない。 「…先輩は、担任に呼び出されたから…行けねえって言ってた。」 「え? 本当?」 首を傾げるに、コクンと頷く。 はしばらく考えて、流川を見上げた。 「じゃあさ、流川君。 …一緒に食べよ?」 流川は再び頷いて、の手を取り歩き出した。 流川ほど、しっかりした体であったのなら、人波に揉まれる事などなかったであろう。 ふとそう思って、何だか少しだけ… 悔しくなった。 「やっぱり天気がいいと気持ちいいね。」 その笑顔にわずかに見惚れてしまい、流川は不自然に目を反らした。 は自作の弁当を、流川は購買部で買ったパンを、それぞれ食べている。 教室まで戻るのもかったるかったので、体育館前の日向を場所に選んだ。 余程の事がない限り誰も来ないし、屋上からも目に付かない。 の耳に、微かに音楽が届く。 流川の MD のヘッドフォンから、音が漏れているのだ。 「ねぇ、流川君。」 流川はコーヒー牛乳を飲みながら、視線だけをに向ける。 「いつもどんな曲を聞いているの?」 厚焼き玉子をぱくっと口に入れて、が首を傾げた。 「…聞くか?」 流川はイヤホンを片方外すと、それをに握らせた。 「いいの?」 流川が頷いたので、は片方を借りる事にした。 メロディーに合わせて、が鼻歌を歌っている。 「…知ってんのか?」 はにこっと笑った。 「ん。 ダニエルが好きな曲で、よく聞いたりしたから。」 の口から出た言葉に、流川は眉を寄せる。 (………ダニエル?) 「あ… 先生なの。 病院の…」 流川が引っかかっているのはそこではない。 「…何で呼び捨てなんだよ。」 かなりぶすっとした声でそう言ったが、丁度呼鈴が鳴ってしまいの耳には届かなかった。 「あ、授業始まっちゃうよ。」 急いで立ち上がるの手を掴む。 「? どうしたの?」 ここまでして気付かない女がいるのか。――― 流川は頭が痛くなった。 「…授業受けたくねえ。 サボるから付き合え。」 行かないで欲しい。――― 軽く流されてしまうのが目に見えているから、そんな事は言わない。 何か言葉を返されるより先に、は力づくで再び座らせられた。 は訳がわからず、溜息を吐いた。 「仕方ないんだから。 でも、ココにいたら見つかるよ?」 「…見つかんねえよ。」 流川はそう言うと、突然体を横たえた。 「………っ!」 が声にならない悲鳴を上げる。 流川の頭が、自分の膝に乗っている。 俗に言う、膝枕。――― 「る、流川くん………」 真っ赤になるに構わず、流川は目を閉じた。 温かい天気とボリュームを下げた音楽に、眠りを誘われる。 「…今度…」 流川が口を利いた。 「俺がよく聞く MD 貸してやる…」 はきょとんとした。 膝枕のお礼のつもりなのであろうか? 「…ありがとう。」 の言葉は届いてなかった。 代わりに、規則正しい寝息が聞こえる。 バスケをしている時からは想像できない、可愛らしい寝顔である。 そのギャップが何だか可笑しくて、は笑ってしまった。 先ほど鐘が鳴っていた。 授業は始まってしまい、流川はこの状態。 当然ながら、膝枕しているは身動きが取れない。 「………たまには、いいよね。」 晴れ渡った秋の空は広くて、どこまでも青かった。 放課後。――――― 「〜… すっぽかすとはいい度胸だなぁ、オイ?」 不機嫌を丸出しに、三井がを睨んだ。 「?」 は首を傾げた。 「担任の先生に呼び出されたから先輩は来ないって、流川君が伝えてくれましたよ?」 三井は一瞬呆気に取られ、その間には洗濯のため体育館を出て行った。 「流川! テメエ〜っ!!」 体育館に、三井の声が響き渡った。 「…アイツは誰にも渡さない。」 流川は一人、呟いた。 |