樋口に貰った物は、今日まですべて大切に残している。 清田に取り上げられた、ボタンと指輪以外は、ちゃんとしまってある。 箱の中から出てきたものは、意外なものだった。 (MD………?) 何が録音されているのだろう。 は、MDをデッキにかけた。 樋口がよく聞いていた曲だろうか、それとも好きなミュージシャンの歌だろか? の予想は、見事に外れた。 聞こえて来たのは、忘れもしない。 『ちゃん! 元気しとるか!』 デッキのスピーカーから聞こえて来るのは、他の誰でもない、樋口自身の声。 『ちゃんがコレを聞いとるちゅう事は… 多分、俺はもうおらんやろな。』 懐かしさのあまり、涙が出そうになった。 胸がいっぱいで、何も考えられない。 『コレ聞いてる時って、ちゃん、いくつになってんやろうな? 高校生? あ、ボスと結婚しとったらいじけるで。』 してないよ。――――― 『ん〜… 何か、ちゃんに残そう思ったんやけど、こう録音始めると、何しゃべってええのかわからんなぁ。』 ちょっと困ったような、樋口の声。 『コレ聞いとる頃には、もう知っとるやろ。 俺の事… ちょっと、昔話でもしよか。 あ、退屈やったら、消してもええで… って、冗談。 アカンよ。』 相変わらずだなぁ。――――― 『実はな、多分やけど、俺、初恋ちゃんなんよ。 大阪におった時は、そんな対象おらんっつーか… 作らんようにしとったっつーか…』 きっと、前髪をかき上げて、言葉を考えているのだろう。 そんな姿が想像できた。 『でも、ちゃんは、その押さえがきかんかってん。 どうしようもないくらい、好きになってたんや。』 言った後で照れたのだろう。 暴れるような音が、聞こえる。 『ちゃんホンマ鈍かっってん… 結局、俺の気持ち伝わってたんかいな?』 私も、好きだったよ。――――― 『俺な、思うねんけど… 人が生きてくっつー事は、長い道を歩いてくって事なんや。』 樋口は一度切って、続けた。 『俺には俺の、ちゃんにはちゃんの歩いてく道が、それぞれあんねん。』 出た、語り癖。――――― 『んで、俺の道には、ちゃんがおってん。 それに、ボスに扱かれた日々も、通らなあかん道やったと思う。』 ケンカばっかりしてたよね。――――― 『ちゃん、優しい子やから、俺がおらんくなって、止まってるんちゃう?』 意味が理解できずに、はわずかに首を傾げた。 『止まっとんのはええねん。 ほら、"時には立ち止まり 振り返るのもいいだろう"って、歌ったやん。』 三年前の文化祭での出来事。 『でも、いつかはまた、歩きださなあかんよ? 俺の知っとるちゃんは、それが出来る強い子やったはずや。』 そばにいないのに、樋口の声はいつも胸に響く。 『泣いてくれんのはありがたいし、悪いな思うねん。 でも、約束したやろ?』 『「いつも笑って、幸せになろう。」』 MDに自分の声を合わせてみる。 『ちゃんには、ホンマ幸せになって欲しい。 あの時言うてくれたやろ? "自分の失敗も成功も、自分が一番知ってる。 これからの自分の事は、自分が決めるんだ"って。』 いつも強気で勝気な樋口が落ち込んでいた時に、言った言葉だ。 『あん時の言葉、そのまま返すわ。 もう誰も好きになりたくないとか、人と深く関わりたくないとか、思ったらあかんよ。』 「…だって……… 炎くん…」 瞳から涙が零れた。 『まぁ、俺が悪いねん。 そばにおるって約束、守れんかったから。 でもな、やっぱり、ちゃんには、元気に笑っとって欲しい。』 樋口の口癖だった。 『!』 は涙を拭う手を止めて、MDを聞き入った。 『元気に頑張れるよな? 俺は、心配せんでええよな?』 「…………………ん。」 の答えを待つような、そんな間があった。 『よし! ええ子や! 愛しとるで!』 「………ん。」 もう何も聞こえない。 後から後から、涙が溢れて来る。 道。――――― 君がいなくても、私の道は続いてるの? |