「あ、!」 彩子が制する声にも振り返らずに、は走り出していた。 静まり返った体育館。 ゴールをすり抜けたボールのバウンド音だけが響いた。 「コラ、ミッチ〜! きさま〜…!!」 三井に飛びかかろうとした桜木に、彩子のハリセンが炸裂。 桜木花道、ノックアウト。 「三井先輩、何があったのか知りませんけど… に当たるのは止めて下さい。」 彩子は三井を見つめて言葉を紡いだ。 「うるせえ! 俺に構うな!」 三井は一度怒鳴って、練習に戻った。 その日の練習は、空気が重かった。 「…さんっ、神さん!」 清田に何度も名を呼ばれて、神は我に帰った。 「ごめん、信。 何?」 いつもの笑顔を向けて、清田に向き合う。 「ココなんすけど…」 中間テストが3日後から始まる。 半分以下の点数を取ったら、一週間の補習。 補習で部活に支障をきたすなら、レギュラーを下ろす。 と、尊敬する牧に脅された清田信長(15)。 いや、あの気迫は脅しではない。 自らそう悟り、清田は神の家に泊まり込みで、勉強を見てもらっていた。 「ああ、コレはね…」 清田のノートを覗きこみながら、丁寧に説明してやる。 「わかった?」 「はい。 ありがとうございます。」 コツを掴んで、清田は次の問題に移る。 神はノートを開いてはいるが、完全に別のことを考えていて、勉強に手が付いてない。 「神さん…何か変っすよ…? ボ〜っとしてるじゃないですか。」 清田がじっと神を見据える。 「さっきから、窓の方ばっか気にしてるし… どうかしたんですか?」 ずいっと詰め寄る清田に、神は首を振った。 ふと、時計に目をやる。 9:45。――― 窓の外の部屋に、電気は付いていない。 「…よし! 国語終わり! 次、英語お願いします!」 英語の資料を漁る清田に、神は言葉を投げた。 「あ、タンマ。 俺、英語は上手く説明できないから…」 もう一度、窓の外に視線を向ける。 やっぱり、電気は付いていない。 昨日から、一度も顔を合わせていない。 「神さん?」 清田の声で我に返って、神はすっと立ち上がった。 「少し待ってなよ。 英語のプロを呼んで来る。」 「英語のプロぉ?」 首を傾げる清田を残して、神は隣の部屋に移るべく窓を開けた。 ガラッ。――― 慣れた動作で窓から入り、神は部屋の中を見回す。 「…?」 ドア際まで歩み寄って、電気を点けた。 探し人の姿を見つけ、神は小さく息を吐いた。 「、どうしたの? 電気も点けないで…」 神はベッドの端に腰を下ろすと、ベッドに突っ伏した制服姿の少女の頭を撫でた。 は顔を上げて、神を見上げた。 躊躇いがちに、口を利く。 「ね、宗ちゃん… 宗ちゃんならさ、一度に二つのわからない事が出来た時に、どうする?」 自分を見上げる色違いの瞳に、神はにっこりと微笑んだ。 「俺に言える事?」 は少し間を置いて、ゆっくりと口を利いた。 今日学校で、部活時間に会った話を、出来るだけ詳しく伝える。 「私… 三井先輩を怒らせるような事をしたのかな?」 不安そうに訊ねるに、神は少し困った。 「…。 俺、三井さんの気持ち… なんとなくわかるよ。」 は驚いたように神を見つめた。 「…私は、わからないよ。」 俯いたに、神は優しく語りかけた。 「三井さんが大人気ないけど… も、悪いんだよ。」 は目を丸くした。 「私、何をしたの?」 反らす事無く自分を見つめる瞳を真っ直ぐ見つめ返して、神は言葉を探した。 「…俺、偶然に… 見てたんだよ。」 昨日の部活の帰り、いつものように自転車を走らせての帰宅途中。 「…公園で、を見かけたんだ。」 声をかけようとして、が一人でない事に気付いた。 「藤真さんと、一緒だった。」 ビクッと、が怯えたのがわかった。 藤真はを強く抱き締めて… 「どうせなら、もっと目立たない所でやって欲しかったな…」 見せ付けられているようだった。 「は、藤真さんが好きなの?」 単刀直入に、神は聞いた。 は始めは驚いていたが、やがて状況を理解し出すと、顔を真っ赤にしてベッドに埋めた。 「…藤真さんが好きだから、キスしてたの?」 神はもう一度聞いた。 耳まで赤くしていたが、やっと聞こえるかくらいの声で答えた。 「…それがわかったら、悩んでないよ。」 やるせないように、しばらく足を宙でばたばたと数度泳がせていただったが、やがて力なくベッドにうつ伏せた。 もやもやして、ちくちくして…何故か苦しい。 「…宗ちゃん。」 「ん…」 は神に顔を向けた。 2年の月日の間、変わらなかった幼なじみの笑顔。 それを見上げると、ふいにくすぐったくなった。 「…何かね、すごく…泣きたい気分なんだけど…」 「いいよ。」 潤んだ瞳で自分を見上げるの頭を、神は優しく撫でた。 「おいで。」 そう言って、両腕に愛しい少女を抱き締める。 抱き締められた腕に温かさを感じる。 神の胸に顔を埋めるような形で、は泣いた。 始めは涙を流していただけだったが、直にしゃくりあげて来る。 腕の中の小さな少女を愛しそうに抱き締めて、神は柔らかい髪に一つ、優しいキスを落とした。 |