想い



 香の匂いが鼻腔をくすぐる。

 墓石の前に花を活けて、と藤真は手を合わせた。

「2人で来たりして、怒ってるだろうな。」

 バツの悪そうに言って、藤真はを見つめた。

「…私、場所知らないから。」

 はわずかに俯いた。

 藤真は少し胸が痛んで、そっとの肩を抱いた。

「…泣いてもいいんだよ?」

 優しい声に、はふるふると首を振る。

「大丈夫です。 もう、心配はかけません。」

 無理して笑顔を作るに、藤真は一声かけて先に歩き出した。

 遠ざかる藤真の背を見つめていたは、しばらくして視線を墓石に戻す。

 一陣の風が吹いた。

 風に髪を揺られて、は微笑んだ。

「…私は、大丈夫だよ。 心配しないで。」

 また来るから。

 そう言い残して、は藤真の後を追った。




 昔、部活の試合帰りに3人でよく行った公園。

 は懐かしそうに、辺りを見回した。

 ジャングルジムの横にちょんと立って、嬉しそうにはしゃぐ。

「すごい! もっと大きいと思ってました!」

 目を輝かせるに、藤真は優しく微笑んだ。

「やっと笑った。」

 は驚いて、藤真を見つめる。

「…ゴメンなさい、私………」

 小さく頭を掻いたに、藤真は首を振る。

「いいんだ。 その顔が見たくて、連れて来たんだから。」

 藤真はそう言ってブランコに座った。

 も倣うように、隣に座る。

「藤真先輩には敵いませんね… 全部、見透かされてる気がします。」

 髪が、時折り吹く風に揺れる。

 藤真は小さく笑った。

「わかるさ、ちゃんの事なら、君以上によく知ってるつもりだ。」

 を見つめて。

「…足の方は、大丈夫?」

 心配そうに訊ねる。

 はひらひらと足を動かした。

「この通りです。 真面目に、リハビリしてたんですよ。」

 勢い良く、地面を蹴った。

 ブランコが一定のリズムで、揺れる。

「もう、バスケは出来ないけど…日常生活に支障はないですから。」

 どこか哀しそうに、は呟いた。

「………あの約束は?」

 藤真が躊躇いがちに聞いた。

 はバツの悪そうに首を振る。

「思い出すのが辛くて逃げていたのに、私は結局バスケと離れられない… おかしいですよね?」

 はブランコから降りて、小さく体を振るわせた。

 吹き抜ける風が冷たい。

「さて。」

 口元に細い笑みを浮かべて、藤真は立ち上がった。

「どこか、他に行きたい所ある?」

 は嬉しそうににっこりと笑って、藤真の腕に抱き付いた。

「制服での、放課後デート!」

 何の気兼ねもなくはしゃぐに、あの頃の面影を重ねてしまう。

 藤真はくしゃっと、の髪を撫でた。

「俺でいいなら、喜んで付き合わさせて頂きます。」

 と、のカバンを持って、並んで歩き出す。

 歩幅をに合わせて、腕を組んで、ゆっくりと。



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