仙道くんです。



「初めて会った時…」

 マグカップにお湯を注ぎながら、仙道が続ける。

「強引なナンパされてて、それにカチンと来て、手を上げようとしてたよね。」

 が首を竦めた。

「あの時は、ありがとうございました。」

「自分よりも大きな男を引っ叩こうとしてて、気が強い子なのかな〜って思ったんだけどね。」

 笑顔で続ける。

「砂糖はいくつ?」

「三つです。」

 角砂糖を三つ、に渡す。

「ミルクも?」

「はい。」

 が頷いた。

 砂糖を三つ、更にミルクまでカップに入れるを見て、仙道が小さく笑った。

チャン、かなりの甘党だね。 誰かを思い出すよ。」

「誰ですか??」

 仙道は笑顔を崩さず、一言。

「樋口炎くん。」

 まさか仙道の口からその名が出るとは予想も出来ず、は驚いて目を丸くした。

「…どうして………?」

「俺が中2になる前の春休みかな? 道場破りならぬ体育館破りに来て。」

『お前が仙道彰か! オレと勝負や!!』

「一般的に言うと"ナマイキ"なんだろうけど、俺一人っ子でさ。 元気で可愛い弟が出来たみたいだったよ。」

『今に見とき! オレがお前くらいの身長になったら、そん時は絶対に負けん!!』

「…炎くんらしいですね。」

 ダメだ。

 笑顔が引きつる。

(仙道さんが見てるのに… どうしよう、ちゃんと笑わなきゃ…)

くしゃ。

 仙道が笑顔での髪を撫でた。

「無理しなくてもいいんだよ。 誰もそんなの望んでない。」

 俯いたままの、仙道は笑顔で続けた。

「宝物を見つけて失くして… 人間なんてそんな強いモノじゃないでしょ。 無理して笑えなんて、誰も言わないよ。」

 優しい声に、唇を軽く噛む。

「わかってるんです、私、皆を傷付けてる。 だけど三年前に何があったのか。 それを話してしまったら、本当にもう… 炎くんはいないんだって…」

 強く拳を握った。

「わかっていても、言葉にしてしまうのが恐くて… まだどこかで、信じたくない気持ちがあるから………」

「ん。」

 仙道が頷く。

チャンの問題だから、俺達は何も言わないよ。 チャンが話したくなるまで待つ。 皆そう思ってるよ。」

「でも…」

 が仙道を見上げた。

「でも。」

 仙道が笑顔で、の言葉を遮る。

「皆、もっと頼って欲しいんじゃないかな? 話すのが恐いなら、全部知ってる神や藤真さんにでもさ。」

 大きな手で、の頭を撫でた。

「皆が傷付く理由はね、チャンがどこかで皆と距離を置こうとしてるから。 ね?」

 は言葉に詰まった。

 実際に、藤真や神に対しても、どこか一線引いてしまっている。

「その"距離"をどう埋めるのか。」

 仙道は続ける。

「ソレを考えた時に三年前の事が頭に浮かんで、全部を知ってる藤真さんも神も、ソレに触れられなくなる。」

 は黙って聞いていた。

「じゃぁ、知らない人達は…。 その話を掘り返すと、チャンを傷つけてしまうから。

それと、チャンが辛そうなのに、何も出来ない自分が許せなくなる。 だから、それ以上触れられない。」

 仙道は一度息を吐いて続けた。

「もっと周りを頼れば、人間はいくらでも強くなれるんだよ。」

 コーヒーを一口、飲む。

「皆のためとか炎くんのためとか、それとは違うと思う。 チャンが強くなるのは、他の誰でもなくチャン自身のため。」

 仙道の声は、優しかった。

「俺は宝物を失くした事がないから、チャンがどれ程傷ついたのかはわからない。 俺がチャンだったら、出来ないかもしれない。 だけど。」

 色違いの瞳を、まっすぐに見据える。

チャンの周りにいるのは、皆良い人だし。 何よりもチャンが良い子だから、俺は大丈夫だって信じてるよ。」

 しばらく間があって、は小さく息を吐いた。

「…仙道さんって。」

「ん?」

 仙道が首を傾げる。

「大人、ですね。 考え方とか、あと、雰囲気も。」

 仙道を見上げて、小さく笑う。

「話が聞けて良かったです。 ありがとうございました。」

「どういたしまして。 困った時の仙道くんです。」

 の頭をぽんと撫でる。

「今の笑顔は80点ってトコかな。 いつか、100点の笑顔を見せてね。」

「はい。」

 少し、気持ちが軽くなった気がした。



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