10月×日。 今日はがマネージャーに加わって以来ーつまり、インターハイ以来ー初の練習試合である。 丸一月のリハビリを終えて戻って来た桜木も、落ち着きがない様子でそわそわしていた。 いや、桜木だけではない。 心なしか、宮城や三井の表情も険しかった。 インターハイ以来の試合。 つまり、センター赤木と言う大黒柱が引退しての初試合。 しかも相手は…。 「…何か嬉しそうね、。」 いつにも増してご機嫌な様子のを見て、彩子が何事かと訊ねた。 「えへへv 内緒で〜す。」 はにこにこしながら答えて、すぐ後ろにいた宮城と三井にガッツポーズをした。 「頑張って下さい! 相手は、強いですよ!」 励ましているのか、プレッシャーを掛けているのかわからない。 しかし、湘北のレギュラー陣 (問題児軍団) は、単純だった。 「ちゃんありがとう。 彩ちゃん、俺がんばるから見ててね!」 宮城リョータ、その闘志に動機不純な火が付いた。 「ったりめーだ。 赤木が抜けた位で、負けてらんねえよ。」 三井はぐっと拳を握り、 「…どあほうが、足を引っ張らなきゃ勝てる。」 流川がぼそりと毒づいた。 「なっ!? この天才に限ってそんな事はありえん、絶対に!」 桜木は勢いよく首を振って、がしっとの両手を握った。 「この天才バスケットマン・桜木花道。 さんに勝利を誓います。」 はくすっと笑った。 「リハビリ明けは肝心だから、無理はダメよ。」 の笑顔に見惚れたまま手を握りつづける桜木に、流川の蹴りが入った。 「何しやがる、このキツネ〜!!」 飛び掛ろうとした桜木を制して、彩子が歩みを止めた。 「着いたわよ。」 解けかけていた緊張が再び走った。 部員達は睨むように、校門の文字を見つめた。 『翔陽高校』 彩子は小さく息を吐いた。 「怖気づいてる場合じゃないわよ! 翔陽も陵南も海南も倒さないと、選抜はないんだから!わかってるわね!」 彩子に次いで、湘北バスケ部は体育館に向かう。 「彩子さん、翔陽は3年全員残るんですよね?」 と、が彩子の袖を引く。 「ええ、そうよ。 それがどうしたの?」 はにこにこ笑っているだけで、答えなかった。 ガンッ――― 湘北メンバーが体育館に一歩足を踏み入れたと同時に、#5花形のダンクが決まった。 花形だけではない。 翔陽のメンバーは既にユニフォーム姿で練習を始めていた。 その気合の入った空気に飲まれ、湘北一同は言葉を探せず、呆気に取られるばかりだ。 ただ一人、だけはいつもと変わらないほえほえした空気を纏っていた。 「湘北高校でーす! 練習試合に来ました! よろしくお願いしまーす!」 体育館に気持ちのいいくらいよく響いたの声に、指導をしていた選手兼監督・#4藤真が気付いて振り返った。 「いらっしゃい。」 細い笑みを浮かべて、藤真は肩にジャージを掛けた姿で湘北メンバーの元へ近付いて来る。 (リョータ。) 彩子に肘で小突かれて、宮城は慌てて藤真の前に立った。 「藤真さん、新キャプテンの宮城リョータです。 今日はよろしくお願いします。」 と、右手を差し出す。 「ああ。 こちらこそよろしく…」 藤真は宮城の手を握り返して、ふと、目を丸くした。 「あの…藤真さん?」 宮城は不審そうに藤真を見上げた。 「あ、着替えてアップを始めてくれ。 時間になったら始めよう。 更衣室は、あそこを出て右側の奥だ。」 淡々と指示を出す藤真に軽く頭を下げた宮城を始め、湘北のメンバーは指定された更衣室に向かった。 藤真はに視線を移して、微笑んだ。 おいでとばかりに、両手を広げる。 つられるように笑って、は勢いよく駆け出した。 「藤真先輩!」 押し倒さんばかりの勢いで抱き付いて来たに、わずかにバランスを崩して肩に掛けた上着が床に落ちたが、藤真はしっかりとを抱き締め返した。 一見恋人同士の再会にしか見えないその様子に、彩子も翔陽のメンバー達も呆気に取られて目を丸くするしかない。 「もう先輩じゃないだろ。 急に抱き付く奴があるか。」 子供を嗜めるように、藤真の口調は優しい。 「久しぶりなんだからいいじゃないですか。 それに、抱きついて来て欲しかったから、両手を広げたんでしょう?」 は上目使いで、藤真を見上げた。 「先輩は、いつまでも先輩ですよ。」 満弁の笑みを浮かべて言い切ったの柔らかい髪を、藤真は微笑まし気に慣れた手付きで撫でた。 「いつ戻ってきたんだ? どうして会いに来なかった?」 「2年経ってますからね、町並みが全然違う物に見えて…先輩の家ってドコでしたっけ?」 俯き加減で、は藤真を上目使いで見上げた。 「忘れたのか…母さんも会いたがっていたぞ。」 藤真が少し呆れたように言った。 「あ、ママさん元気ですか?」 食い入るように自分を見つめるに、藤真は小さく笑った。 「おかえり。 ちゃん。」 藤真は気付いているのだろうか。 を見つめるその眼差しが、他の誰に対してよりも優しい物である事に。 呆然と立ち竦んでいた彩子の元に、花形が近付いて来た。 「…うちの監督がすまないな。 何せ好きなモノに対しては、見境がなくて…」 花形はそう言うと、を抱き締めている藤真に近付き、床に落ちたジャージを拾うとその頭にチョップをかました。 「なっ、花形…?」 我に返った藤真に、周りの空気を読めと、目で訴える。 体育館にいる全員が、藤真とを黙って見ていた。 「あ、ゴメンナサイ! ///」 は、今更真っ赤になって藤真から離れた。 皆の視線から逃れるためにか、彩子の背に隠れる。 その様子に、藤真は (相変わらずだな。) と、わずかに笑った。 「さ、皆アップに戻れ。」 彩子は藤真とを代わる代わる見比べたが、やはり首を傾げる事しか出来ない。 監督として、翔陽の部員に指示を出す。 彩子は背後のに藤真との関係を訊ねた。 は柔らかな笑みを浮かべて答えた。 「中学時代の、先輩です。 とてもお世話になりました。」 |