先輩と幼なじみ



 最近は、と馴染みの喫茶店に行く事が多かった。

 普通のカフェに入ったのは、随分久しぶりな気がした。

「コーヒーを。 お前は?」

「同じ物でいいです。」

 手短に注文を済ませて、席に着く。

「それで、話って?」

 真向かいに座った神に、藤真が聞いた。

「他でもない… の事です。」

 神の目が、わずかに細められた気がした。

「…どこまで、知っているんですか?」

 藤真はコーヒーを一口、口に運んだ。

「足の怪我か? それとも、家庭の事情をか?」

 神は真っ直ぐに藤真を見据えていた。

 射抜くような視線に、どこか緊張している。

「お前こそ、何を知っている?」

 神は小さく笑った。

「鬼のように、しごかれたと。」

「…まぁ、否定はしないさ。」

 藤真が首を竦めた。

「そして、二人で喧嘩ばかりしていたと。」

 含みを持たせるような神の物言いに、藤真は視線を移した。

「…怪我の理由も?」

 次は、藤真が神を見据える。

 神は何も言わず、少し困ったようにはにかんだ。

 その動作が、否定ではないと言っていた。

「まだ、傷が残ってるんだ…。」

 藤真が前髪をくしゃっと握った。

「彼女の傷は、消えないかもしれない。」

 を本当に大事に思っている。

 見ていてそれがわかる。

 神は、カップを握る手に、わずかに力を込めた。

「…やっぱり、見ているだけしか出来ないんですね。」

 が明るく振舞っている事は知っている。

 心配をかけまいと無邪気に微笑まれると、どうしていいのかわからなくなる。

 彼女が大切だからこそである。

「…構わないさ。 見守っていてくれる存在があるからこそ、ちゃんはああやって笑えるんだ。」

「そう、ですね。」

 コーヒーを口に含んで、カップを置く。

「…今のままでいいんですか?」

 神の問いに、藤真は笑った。

「違うよ、今のままでなければいけないんだ。」

 神が溜息を吐いた。

「…幼なじみって、損な役回りですね。」

「全てを見て来た先輩と、どっちか損かな。」

 呟きこそ自重気味であったが、実際にはそう言った感じは見えなかった。

「藤真さんと話せて、少し気分が楽になった気がします。」

 二つのコーヒーカップは、既に空だった。

 神が席を立つ。

「じゃ、お先に。 お疲れ様でした。」

 店を出るその背を見送って、藤真は小さく息を吐いた。



back