好きなんだろ



 体力温存のためか、全授業を眠って過ごす男・流川楓。

 めずらしく起きているかと思うと、彼はどうやら探しモノをしているようだ。

(…一年、四組。)

 目的のクラスを確認して、中を覗く。

 一通り辺りを見回して、流川は首を傾げた。

「…いない?」

 たまたまそこにいた男子生徒を捕まえた。

「オイ、ってヤツは…?」

 流川は短く用件だけ言って、男子生徒を見下ろした。

 流川にそのつもりはないのだが、無愛想に加えて無表情…男子生徒は首を竦めるしかない。

「…私に、何か?」

 背後から柔らかい声がして、流川は振り返った。

 が、プリントを抱えてそこに立っていた。

「バスケ部の流川君。放してあげて。」

 が言ったそれは、流川に捕まったままの男子生徒の事である。

 流川は男子生徒を解放し、の腕から取り上げたプリントの束を彼に押し付けた。

「る、流川君…授業始まるよ…?」

 構わず流川は、の腕を掴んで歩き出した。

 その日。

 流川親衛隊のブラックリストに、の名が記された事は言うまでもない。



「何か用があったんじゃないの?」

 は困っていた。

 流川に無理矢理連れて来られたのは、体育館。

 彼女を椅子に座らせて、流川はボールを取り出しバスケの練習を始めたのだ。

 授業開始のベルはとっくに鳴っている。

 今更、教室には戻れない。

「ねえ、流川君。」

 に構わず、流川は練習を続けた。

 はコート内を動き回る流川を目で追いながら、話を続ける。

「…マネージャーの件なら、私断ったはずだけど?」

ガン。―――――

 流川のダンクが決まった。

「…バスケが、嫌いなのか?」

 ボールが弾む音に雑じって、流川の声が聞こえた。

 流川に睨むように見据えられていたが、はポーカーフェイスを崩さなかった。

 何を思ってか、流川はボールを投げた。

 はそれを受け取って、首を傾げる。

「…1 on 1、相手になれよ。」

 流川の突然の言葉に、は大きな目を更に大きくして驚いた。

「無理よ。私、足が………」

 即座に否定するが、流川は構わずをコートに引っ張り出した。

 はボールと流川を代わる代わる見比べたて、恨めしそうに呟く。

「…ボールに触るの、久しぶりなんだけど…」

 は上目使いで、何か言いたそうに流川を見上げた。

「…制服、スカートなんですけど〜?」

 流川は答えない。

 はがっくりと肩を落とした。

「…いきなり何なのよ………」

 溜息混じりに呟く。

「俺を抜いたら、もうアンタには構わない。」

 流川はそれだけ告げた。

 は流川を見据えたが、やがて小さく息を吐いた。

「…少しだけだよ。」



「…もう、ダメ……」

 は体育館の真ん中に座り込んで、肩で息をしていた。

「よく、考えたら…私、不利だよ。…現役バスケ部と、1 on 1、なんて………」

 流川は買ってきたポカリを一つ、に渡した。

「…ありがと。」

 はありがたく受け取ると、一息で半分近く飲み干した。

「約束だよ、もう私に構わないでね。」

 が流川を見上げる。

「…決着はついてない。その約束は無効だ。」

 流川は無愛想にそう答える。

「…身長と足のハンデを見れば、私の勝ちだよ?」

 は細く笑った。

 流川はゴール下に転がったボールを見て言った。

「…で、バスケが嫌いか?」

 流川の声に、は言葉を詰まらせた。

 流川は飲み終わったポカリの缶を潰して、続ける。

「バスケしてる時、すっげえいい表情してたぞ。」

 流川は一枚の紙を取り出した。

 はそれを見て目を丸くした。

入部届。―――

「逃げんなよ。バスケ、好きなんだろ。」

 流川はそう言い残して、体育館を出て行った。

 は小さく呟いた。

「…まったく、強引なんだから。」



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