台風



 放課後。―――

 いつものように練習をしていたが、台風が近付いていると言うニュースから、安西監督は早々に帰宅を指示した。

「台風ですか? 季節はずれですね。」

 彩子がお茶を出しながら、安西先生に言う。

 安西監督は、先日の翔陽高校との試合、が取っていたメモに目を通していた。

「惜しかったですね。 でも、復帰戦にしては上出来です。」

 安西監督は、ハーフコートの 3 on 3 練習をしているバスケ部員達を見回した。

「君達、程ほどにして今日は早めに上がりなさい。」

 外は既に、強めの雨が降っていた。




 バスケ部員が帰った中、三井は一人残って黙々とシュート練習をしていた。

「ご苦労さまです。」

 何本目かわからないシュートが決まった時、突然の声に三井は背後を振り返った。

!? お前帰ったんじゃ…?」

 タオルを渡して、はにこっと笑った。

「先輩が頑張って練習しているのに、マネージャーの私が帰れませんよ。」

 驚く三井をよそに、は続ける。

「パス、出しましょうか?」

 床に転がったボールを持って、が三井に微笑んだ。

「ああ、頼む。」

 からのパスを受けて、三井は3Pシュートの練習を再開した。

 体育館に、ボールが跳ねる音とゴールの音だけが響く。

 フォームを崩す事無く確実にシュートを決める三井に、は感心したように言った。

「熱心ですね。 この前の試合、気にしてるんですか?」

「そんなんじゃねーよ。」

 三井は練習を続けながら答える。

「俺には、ブランクがあるからな。 流川ばっかりに、いいカッコさせるのもしゃくだしよ。 それに…」

 三井のシュートはキレイな弧を描いてリングに吸い込まれて行った。

「それに?」

 が首を傾げる。

 三井は首にかけたタオルで汗を拭いながら、まっすぐにを見つめた。

「お前に、全国を見せてやりたい。 冬の選抜でな。」

 三井の言葉には一瞬目を丸くした。

「………はい。」

 柔らかくはにかんだに、三井もやる気を借り出される。

 激しく降りしぶく雨の音が聞こえる。

「…熱心なのも結構ですけど、いい加減にしないと帰れなくなりますよ?」

 が困ったように首を傾げた。

「わかった、上がる。 送って行くから少し待ってろ。」

「気を使ってくれなくても、一人で帰れますよ?」

 わずか0.5秒で拒否したに、三井は小さくデコピンを喰らわせる。

「先輩の言う事が聞けないのか? 待ってろよ。」

 三井は着替えるために、更衣室に向かった。

 は一息ついて、ゴールを見上げた。

 ボールを3つ、足元に並べて、3Pラインに立つ。

 シュートのフォームで構えて、ボールを高く放った。

 3つのボールは、一寸の狂いもなく、順を追ってゴールに吸い込まれた。

 ボールの跳ねる音に耳を傾けて、はそっと目を閉じた。

 一息吐いて、再び目を開く。

 目線は床を見つめたまま、小さくなって行くボールの音に細い笑みが零れた。

「…全国、か………」

 片手で顔を覆いながら、は呟いた。

「…私上手くなったでしょ、約束は守れないけど………」

 哀しい声が、の唇から漏れた。



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