台風2



「先輩、どうぞ。」

 がそう言って三井にタオルを渡した。

「悪いな。」

 三井は受け取って、がしがしと頭を拭いた。

「ったく、傘の意味がなかったな。」

 全身ずぶ濡れで、三井は一つくしゃみをした。

 を送って行くまでは良かったのだが、予想以上に天候が荒れたため、家に上げてもらったのだ。

 三井はそわそわした様子で、辺りを見回した。

(………落ち着かねえ。)

 家に人の気配はなく、雨音以外の音はない。

、家の人は帰ってないのか…?」

 三井は期待半分、緊張半分で聞いた。

「私、一人暮らしです。」

 はパタパタと脱衣所に入ると、急いで湯を沸かした。

「先輩、先にどうぞ。 着替えは出しておきますから。」

 にバスタオルを渡されて、三井はすぐさま拒否した。

「お前の家なんだ、お前が先に入れ。 風邪引くだろ。」

 は困ったように三井を見上げた。

「送ってもらいましたし、先輩を濡れたままにしてなんておけませんよ。」

 微笑むに、三井はそれでも駄目だと言い張る。

 はにっこりと微笑んだ。

「どうしても先に入れと言うなら、先輩も一緒に入って下さい。」

 三井はぎょっとして、耳を疑った。

「さ、どうします?」

 表情は穏やかだで本心なのか表情が読めない。

 三井は口をパクパクさせて、言葉を探した。

 水の滴る髪、微かに透けた制服…。

 三井はかぁ〜っと赤くなって、からバスタオルをふんだくると、バスルームに入って行った。

 元不良・三井寿。

 彼は意外に、純情だった。




 風呂から上がった三井は、そわそわした様子でアチコチ歩き回っていた。

(………落ち着かねえ。)

 父親の物であろうか置いてあったシャツとズボンに身を包み、ソファーに座ってテレビを付けたり、置いてあった雑誌に手を伸ばしたりするが続かない。

 が用意していたのであろうか、食欲をそそる匂いが鼻に付く。

 広いリビングを見回して、意外と物がない事におどろいた。

(この家に、一人で住んでるのか?)

 淋しくないのだろうか…

 三井はハッとした。

 このシチュエーションは、ヤバイ。

(お、落ち着け、俺!)

 バクバクと激しく鼓動する心臓を落ち着かせようと、胸の辺りを強く掴んだ。

 気になるヤツと、ヤツの家で2人きり。

 ただの部活の先輩後輩、しかし男と女。

 やばくない訳がない。

(…とりあえず、雨が少し小降りになったら帰………)

ガチャ。―――

 ドアの開く音に驚いて、三井は振り返った。

「食事の支度しますね。 もう少し、待っていて下さい。」

 バスタオルで髪を拭きながら入って来て、はすぐにキッチンに向かった。

 横を通った時に香った石鹸の匂い、ほのかに赤く色付いた頬や首筋が視界に入って、三井は真っ白になった。

 シャツの裾を一度ぎゅっと握って、に近付く。

 邪魔になるから纏めた髪、覗く項が何とも言えず色っぽい。

 手際よい包丁さばき、かなり料理に慣れているようだ。

 三井はの背後に回り込み、抱き締めたい衝動に狩られて、ゆっくりと手を伸ばした。

「…!」

 気配に気付いたのか、が振り返った。

「どうかしましたか?」

 首を傾げて微笑むに、三井は伸ばしかけた手で空を掴んだ。

「………何でもねえ。」

(…コイツに、そんな気はねえんだよな………)

 がそんな女だったなら、自分はこんなにもを意識なんてしなかったであろう。

 三井は食卓の椅子に腰掛けて、作業に戻るをじっと見つめていた。

(…情けねえな。 何欲情してんだか………)

 三井は壁に掛けられた時計に目をやった。

 8 時 25 分。

(…理性が切れる前に帰ろう。)

 雨は止むどころか、勢いを増していた。



back