台風3



 雨が激しく窓を打つ。

 台風と言うよりはむしろ、嵐に近かった。

 雨はおさまるどころか、勢いを増している。

 明日休校になるかな、そんな悠長な事を考えている場合ではない。

「…俺、やっぱ帰る。」

 三井はそう言って、に引き止められた。

「泊まっていけばいいじゃないですか。 制服も、朝までには乾きますよ。」

 無防備に微笑まれて、断れなかった。

 事実引き止められたのも、嬉しかった。

 部屋を片付けて来ると言って、は自室の隣に入って行った。

 の部屋に通されて、三井は緊張のため遠慮がちに辺りを見回していた。

 壁に掛けられたカレンダー、ベッドに置いてある大きなうさぎの縫いぐるみ。

 勉強机に、ミニテーブル、パソコン等の OA 用品意外は何もない、さっぱりと片付いた部屋だった。

 ただ、机の横に掛けられたコルクボードを始め、かなりの量の写真立てがいたる所に飾られていた。

(…小せえな。)

 写真を覗きこんだ、三井の感想である。

 着ている制服を見てわかるように中学生。

 しかし、隣に写っている少女と比べても、はかなり小さい。

(そう言えば、最小って書いてあったな…)

 彩子が持ってきた雑誌を思い出した。

 チームメイト達と、ユニフォーム姿で撮られた写真。

 どれも笑顔で、すごく楽しそうだった。

 ふと、机の上に伏せられた写真立てが目に付いた。

 一回り大きく派手なフレーム、何故伏せてあるのだろう。

 三井は興味本位で、その写真立てを手に取った。

 後悔する事になるのも知らずに。

「………!」

 12番のユニフォーム、トロフィーを大切そうに抱えている。

 を抱き締めるように写っている制服の少年は、おそらく藤真。

 そして逆隣には、藤真に対抗するように、を抱き締めている少年。

 思い出せないが、どこかで見た顔だ。

 どの写真よりも、の笑顔は眩しかった。

 "全中優勝 ! " と書かれたそれの、日付は3年前の12月。

 優勝が決まった直後に、撮られたのであろう。

 三井は唇を噛み締めて、写真を伏せた。

(…笑ってた。)

 いつも見ている笑顔が霞んでしまうくらい、本気で心から楽しそうに嬉しそうに。

 自分達に、あんな笑顔を見せた事なんてなかったのに。

 そう思うと、もの凄く…悔しい。



ガチャ。―――

 ドアを開ける音がして、三井はゆっくり振り返った。

「お茶、煎れました。 どうぞ。」

 ティーカップ二つを手に、が入って来た。

 テーブルの上に置いて、様子のおかしい三井に首を傾げる。

 その時、外が光った。

「…っ!」

 突然の雷に、は自分の耳を塞いだ。

 三井は重い口を開いて、一言だけ言った。

「…悪い、帰る。」

 自分がどれほど格好悪い事をしているのかわかっている。

 これは嫉妬だ。

「ヤ…ダメです! 帰らないで下さい!」

 が慌てて三井のシャツを掴んだ。

 涙目で見上げられて、ぶっ飛びそうになる理性を、頭を振って繋ぎ止める。

「…離せ、。」

 震えているの手を振り払って、背を向けようとした時、再び雷鳴が轟いた。

「きゃあ…!」

 に悲鳴と同時に飛びつかれ、咄嗟の事にバランスを崩し、三井は後ろにあったのベッドに倒れこんだ。

(…お、押し倒された………)

 真っ白い天井を見つめたまま、の細い声が聞こえる。

「…帰らないで・下さ…私、雷が………んです………」

 三井にしがみ付いて、は震えていた。

「…っ、…?」

 三井に呼ばれても、は動けない。

 いつも笑顔でバスケ部に活気をくれる姿からは想像できないほど、今のの存在は頼りない物に思えた。

………」

 三井は体を起こして、泣き出しそうなをそっと抱き締めた。

 背中に回された腕に驚いたのか、が三井を見上げる。

 潤んだ瞳に優しく微笑んで、三井はをじっと見つめた。

 白い肌に映える色違いの瞳、栗色の柔らかい髪、ほんのり赤い…唇。

 三井はの後頭部に手を回して、顔を引き寄せた。

 自分の目を閉じて、唇を寄せる。

 互いの唇が触れる直前。

ガラッ。―――

! 大丈夫?」

 窓からの部屋に飛び込んで来た神に、三井は慌ててを離した。

「宗ちゃんっ!」

 は神に飛び付いて、声を上げて抗議した。

「遅いよ〜! 怖かったんだから〜!」

 ヨシヨシとの頭を撫でながら、神は苦笑う。

「ごめんね。 ノブの所に泊めてもらおうと思ったんだけど、が雷嫌いなの思い出して戻って来たんだ。」

 ちらっと三井の方に目をやれば、真っ赤な顔で目を反らされた。

「…、何かされなかった?」

 にこにこと笑いながらに訊ねる神に、三井は大声を上げた。

「してねえ!(まだ)」

 三井は我に帰ったように、神を指差した。

「どっから来んだよ !? ここ二階だぞ?」

 神はにこにこ笑いながら答える。

「となり、俺の部屋なんですよ。 用がある時は、いつも窓からです。」

 ついでに、三井が今来ているシャツとズボンは自分の物だと教えてやった。

(どーりでデカイ訳だ…)

 一人納得するが、神に張り付いたままのが視界に入る。

 面白くない。

 ただでさえ、邪魔をされたのだから。

♪.:*・♪.。.:*・♪.。.:*・♪

 の携帯がけたたましく鳴った。

?」

 神が全く動かない、腕の中の少女を見据えた。

 反応はなく、代わりに小さな寝息が聞こえる。

「…寝ちゃったみたいですね。」

 苦笑いを浮かべて、代わりに電話に出る。

「はい。 俺です。」

 まるでその電話を予想していたようだった。

 淡々と話をする。

「ええ。 大丈夫、今眠ったところですよ。 え?あはは…わかってますって。 はい。 …それじゃ。」

 神は電話を切った。

「藤真さんです。 雨の日は決まって電話があるみたいですよ。」

(………藤真だと…?)

 少しむくれる三井をよそに、神はを抱き上げて、ベッドに寝かしてやった。

 慣れたような手際良さに、三井は思わず感心した。

「…兄貴みたいだな。」

 神は微笑みで返す。

「半分、そんな感じですよ。」

 眠っているの頬を突っつく。

 幼さの残るあどけない寝顔に、神は優しく微笑んだ。

は、誰かが好きだとか嫌いだとか… そんな事わからないんですよ。」

 三井を見つめて、釘を刺すように言った。

「手を出したら、許しませんから。」

 にっこりと笑って宣戦布告する神に、三井は不敵に笑って見せた。

「お前もな。」

 吹き荒れる嵐の中、三井はに対する思いを再認識した。

 どうやら、完全に惚れてしまったらしい。



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