雨が激しく窓を打つ。 台風と言うよりはむしろ、嵐に近かった。 雨はおさまるどころか、勢いを増している。 明日休校になるかな、そんな悠長な事を考えている場合ではない。 「…俺、やっぱ帰る。」 三井はそう言って、に引き止められた。 「泊まっていけばいいじゃないですか。 制服も、朝までには乾きますよ。」 無防備に微笑まれて、断れなかった。 事実引き止められたのも、嬉しかった。 部屋を片付けて来ると言って、は自室の隣に入って行った。 の部屋に通されて、三井は緊張のため遠慮がちに辺りを見回していた。 壁に掛けられたカレンダー、ベッドに置いてある大きなうさぎの縫いぐるみ。 勉強机に、ミニテーブル、パソコン等の OA 用品意外は何もない、さっぱりと片付いた部屋だった。 ただ、机の横に掛けられたコルクボードを始め、かなりの量の写真立てがいたる所に飾られていた。 (…小せえな。) 写真を覗きこんだ、三井の感想である。 着ている制服を見てわかるように中学生。 しかし、隣に写っている少女と比べても、はかなり小さい。 (そう言えば、最小って書いてあったな…) 彩子が持ってきた雑誌を思い出した。 チームメイト達と、ユニフォーム姿で撮られた写真。 どれも笑顔で、すごく楽しそうだった。 ふと、机の上に伏せられた写真立てが目に付いた。 一回り大きく派手なフレーム、何故伏せてあるのだろう。 三井は興味本位で、その写真立てを手に取った。 後悔する事になるのも知らずに。 「………!」 12番のユニフォーム、トロフィーを大切そうに抱えている。 を抱き締めるように写っている制服の少年は、おそらく藤真。 そして逆隣には、藤真に対抗するように、を抱き締めている少年。 思い出せないが、どこかで見た顔だ。 どの写真よりも、の笑顔は眩しかった。 "全中優勝 ! " と書かれたそれの、日付は3年前の12月。 優勝が決まった直後に、撮られたのであろう。 三井は唇を噛み締めて、写真を伏せた。 (…笑ってた。) いつも見ている笑顔が霞んでしまうくらい、本気で心から楽しそうに嬉しそうに。 自分達に、あんな笑顔を見せた事なんてなかったのに。 そう思うと、もの凄く…悔しい。 ガチャ。――― ドアを開ける音がして、三井はゆっくり振り返った。 「お茶、煎れました。 どうぞ。」 ティーカップ二つを手に、が入って来た。 テーブルの上に置いて、様子のおかしい三井に首を傾げる。 その時、外が光った。 「…っ!」 突然の雷に、は自分の耳を塞いだ。 三井は重い口を開いて、一言だけ言った。 「…悪い、帰る。」 自分がどれほど格好悪い事をしているのかわかっている。 これは嫉妬だ。 「ヤ…ダメです! 帰らないで下さい!」 が慌てて三井のシャツを掴んだ。 涙目で見上げられて、ぶっ飛びそうになる理性を、頭を振って繋ぎ止める。 「…離せ、。」 震えているの手を振り払って、背を向けようとした時、再び雷鳴が轟いた。 「きゃあ…!」 に悲鳴と同時に飛びつかれ、咄嗟の事にバランスを崩し、三井は後ろにあったのベッドに倒れこんだ。 (…お、押し倒された………) 真っ白い天井を見つめたまま、の細い声が聞こえる。 「…帰らないで・下さ…私、雷が………んです………」 三井にしがみ付いて、は震えていた。 「…っ、…?」 三井に呼ばれても、は動けない。 いつも笑顔でバスケ部に活気をくれる姿からは想像できないほど、今のの存在は頼りない物に思えた。 「………」 三井は体を起こして、泣き出しそうなをそっと抱き締めた。 背中に回された腕に驚いたのか、が三井を見上げる。 潤んだ瞳に優しく微笑んで、三井はをじっと見つめた。 白い肌に映える色違いの瞳、栗色の柔らかい髪、ほんのり赤い…唇。 三井はの後頭部に手を回して、顔を引き寄せた。 自分の目を閉じて、唇を寄せる。 互いの唇が触れる直前。 ガラッ。――― 「! 大丈夫?」 窓からの部屋に飛び込んで来た神に、三井は慌ててを離した。 「宗ちゃんっ!」 は神に飛び付いて、声を上げて抗議した。 「遅いよ〜! 怖かったんだから〜!」 ヨシヨシとの頭を撫でながら、神は苦笑う。 「ごめんね。 ノブの所に泊めてもらおうと思ったんだけど、が雷嫌いなの思い出して戻って来たんだ。」 ちらっと三井の方に目をやれば、真っ赤な顔で目を反らされた。 「…、何かされなかった?」 にこにこと笑いながらに訊ねる神に、三井は大声を上げた。 「してねえ!(まだ)」 三井は我に帰ったように、神を指差した。 「どっから来んだよ !? ここ二階だぞ?」 神はにこにこ笑いながら答える。 「となり、俺の部屋なんですよ。 用がある時は、いつも窓からです。」 ついでに、三井が今来ているシャツとズボンは自分の物だと教えてやった。 (どーりでデカイ訳だ…) 一人納得するが、神に張り付いたままのが視界に入る。 面白くない。 ただでさえ、邪魔をされたのだから。 ♪.:*・♪.。.:*・♪.。.:*・♪ の携帯がけたたましく鳴った。 「?」 神が全く動かない、腕の中の少女を見据えた。 反応はなく、代わりに小さな寝息が聞こえる。 「…寝ちゃったみたいですね。」 苦笑いを浮かべて、代わりに電話に出る。 「はい。 俺です。」 まるでその電話を予想していたようだった。 淡々と話をする。 「ええ。 大丈夫、今眠ったところですよ。 え?あはは…わかってますって。 はい。 …それじゃ。」 神は電話を切った。 「藤真さんです。 雨の日は決まって電話があるみたいですよ。」 (………藤真だと…?) 少しむくれる三井をよそに、神はを抱き上げて、ベッドに寝かしてやった。 慣れたような手際良さに、三井は思わず感心した。 「…兄貴みたいだな。」 神は微笑みで返す。 「半分、そんな感じですよ。」 眠っているの頬を突っつく。 幼さの残るあどけない寝顔に、神は優しく微笑んだ。 「は、誰かが好きだとか嫌いだとか… そんな事わからないんですよ。」 三井を見つめて、釘を刺すように言った。 「手を出したら、許しませんから。」 にっこりと笑って宣戦布告する神に、三井は不敵に笑って見せた。 「お前もな。」 吹き荒れる嵐の中、三井はに対する思いを再認識した。 どうやら、完全に惚れてしまったらしい。 |