戸惑い



 昔なら。

 笑顔で、"ありがとう"と、言っていたかもしれない。

 人の気持ちが、どれほど重い物か、わかっていなかったから。

 でも今は。

 誰かに"好きだ"と、言われるのが怖かった。

 初めて自分が必要とした男の子はもう、自分の側にはいないから。

 きっと皆、同じようにいなくなってしまうのではないだろうか。

 そう考えてしまって、一歩を踏み出せずにいる。





 言葉に詰まった。

 目を丸くして、神の腕の中で動けずにいた。

 神はそれでも、をきつく抱き締めている。

「今なら、意味がわかるだろう?」

 に対しては、ずっと特別な感情を抱いていた。

 ただ、は怯えている。

 三年前の、あの時から。

 そんな時に、自分の気持ちを正直に言ってしまうのは、きっとこの少女を困らせる事になる。

 は、神にとって"特別"だった。

 だから、自分も。

 の"特別"になりたかった。

「…だって………」

 の言葉を、遮る。

「いいんだ。 別に期待してる訳じゃない。 だからって、全く意識されないって言うのも辛いから。」

 まっすぐに、少女を見据える。

「俺が嫌い?」

「キライじゃない。」

 神の言葉に、即座に首を振る。

「じゃぁ、俺が怖い?」

 すっと、少女の頬に触れる。

 一瞬、が緊張したのがわかった。

「嫌いじゃないなら、そのまま。 動かないで…」

 少女に合わせて屈んだ。

 ずるいと思う。

 が自分を嫌いな筈はない。

 その事を知っていて、試しているのだ。

 は自分を受け入れない。

 だけど、拒む事もできない。

 目を閉じて唇を寄せると、少女の頬に添えた指が温かい物で濡れる。

「…ずるいよ。 そんなの、宗ちゃんじゃないよ…。」

 の瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。

「私は… 炎くんじゃなきゃダメなの…。 炎くんが好きなの…。 炎くんだけが、私の特別なの………。」

 少女の細い肩が震える。

「宗ちゃんも知ってるでしょ? 私が、"あの後"どうだったか… 本当に好きだったの…」

 じぃっと、真っ直ぐに見上げる。

「嫌いじゃなかったらいいの、何をしても? 今までみたいな関係には、戻れなくなるんだよ…? そしたら…」

「また、日本を出るの?」

 神の声に、一瞬詰まる。

 今までになかった、冷たい声。

「ちが…」

―――――。

 何をされたのか、わからなかった。

「宗ちゃ…」

 離れる事を許さない。

 神はきつく少女を抱き締め、唇を重ねる。

「んーっ、…っイヤ…!」

 突然、肩を引かれて神は投げ飛ばされた。

 見上げると、三井が肩で息をしている。

「何してんだよ、お前らしくねぇ!」

 に目を移す。

「大丈夫か、?」

 すっと手を伸ばすと、瞬間、の表情が強張った。

 自分を抱きしめて離さなかった神の大きな手。

 男の人だと、初めて意識させられた。

「イヤっ!」

 は三井の手を振り払うと、そのまま駆け出した。

!」

 伸ばした手はあとわずかで、には届かなかった。



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