「足を怪我した直後でした。 祖父と会う事が出来て、イギリスに渡りました。」

 三井を見上げる。

「私の母は、ケイト・フォード。 イギリス人です。 祖父に連れられてやって来た日本で、父と出会い、駆け落ち覚悟で結婚したと聞きました。」

 両親の顔は覚えていない。

 がまだ幼い頃、飛行機事故で亡くなっている。

「祖父の病院で治療を受けている頃に、エリオルに会って… 最初は、英語が上手く話せなくて、大変でしたけど…」

 は続ける。

「私より大変な病気を持った子供達も、たくさん見ました。」

 少し、唇を噛む。

「みんないい子達で、何でこの子達が病気なんだろうって、そう考えると哀しくて… でも、私にはどうすることも出来なくて…」

 その頃だった。

 祖父に無茶な頼み事をしたのは。

 三井を真っ直ぐに見つめる。

「…医者になりたいんです。」

 その声は静かだった。

「炎くんと同じ… 病で苦しんでいる人達を、一人でも多く助けたいんです。」

 静かなフロアに、少女の声が響く。

「それが私の夢です。」

 三井はしばらくした後に、小さく頷く。

「立派な夢じゃねえか。 お前なら出来る。 そうだろ?」

 が笑った。

「はい。」







ちゃん!!」

 突然、フロアに声が響いた。

 声の方を振り返ると、清田と藤真がこちらへ向って来るのがわかった。

 清田は数回肩で息をすると、に何かを差し出した。

「あ…」

 驚きの声が漏れる。

 ボタンと、赤い石の付いたおもちゃの指輪。

「ごめん! 俺… 本当ごめん!!」

 清田はただ、頭を下げている。

「許して貰えるなんて思ってない! だけど、本当ごめん!!」

 微かに震える清田の手を、そっと握る。

「…傷だらけ。」

 優しく擦って、清田を見上げた。

「…探してくれたんだ?」

「…ごめん。」

 清田はきつく目を閉じていた。

 が首を振る。

「ううん。 ありがとう。」

 にっこりと微笑んだに、藤真が小さく息を吐いた。

 三井に、視線を向ける。

「もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」

 突然の声に、首を傾げる。

「偶然だとしても、ちゃんは、他の誰でもなくお前に話したかったって事だろう。 自惚れてもいいんじゃないか?」

 藤真の視線の先では、清田が乱暴に涙を拭っていた。

「俺、ちゃ…に嫌われた…思って… 本当ごめん… ありがとう…」

「嫌いになんかならないよ。 ちゃんと謝ってくれたじゃない。 私も引っ叩いちゃってごめんね。」

 困ったように笑うを見て、三井は溜息を吐いた。

「…余裕だな、藤真。」

「ああ。」

 三井を見て、口元だけで笑う。

「余裕のない男は格好悪いそうだ。」

 そう言って、の方へ足を向ける。

「帰ろう。 それと、神が外で待ってる。 謝りたいそうだ。」

 柔らかい髪を、くしゃっと撫でた。

「はい。」

 いつもと変わらぬ笑顔なのに、三年前のそれと重なって見えたのは、気のせいではない。

(変わろうとしてる。)

 強くなろうとしている。

 それは忘れる事ではなく、もう一度信じる事。



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