空の下


『…三人で、抜けよ。』

 成瀬に写真を撮ってもらっている時、樋口が囁いた。

 記者に捕まれば、いつ解放されるかわかったもんじゃない。

 折角、優勝していい気分なのだ。

 いつもの居残り三人組で、ゆっくり話がしたかった。

「…おめでとう。」

 藤真がにこりと笑った。

 家からは少し遠い、リングのある公園。

 三人はジャングルジムに登り、沈みかけている夕日を見ていた。

「…オレンジジュース飲みたい。」

 オレンジ色の夕日を見たからだろう。

 がぼそっと呟いた。

「ボス! オレも!」

 樋口が藤真を見上げる。

「…はいはい。」

「ん? エライ聞き分けええな、今日。 気味悪いで。」

 眉を寄せる樋口。

ちゃんが頑張ったからな。 お前はついでだ。」

 藤真は溜息を吐いて、少し離れたところにある自動販売機に向う。

 風が吹いた。

 少し冷たい。

「寒いな?」

 を見ると、小さく頷いた。

「ボス〜! やっぱり、温かいココアがエエ!!」

「バンホーテンのミルクココア!!」

 樋口の声に、が続く。

(…、樋口に似て来たな。)

 ポケットから小銭を出して、自動販売機に入れる。

ビー ガチャン。

 と樋口は、顔を見合わせて笑った。

「こんなのんびりすんのも、久しぶりやな。」

 見上げた冬の空は澄んでいた。

「…のんびりは、はじめてじゃない?」

 が首を傾げる。

 樋口は少し考えて。

「あ、そうやな。 ん、はじめてや。」

 4月に泉沢学院・中等科に入学して、藤真と出会った。

 バスケ部に入部して以来、どれだけ多くの時間を体育館で過ごしただろう。

 藤真に怒鳴られ、翠と喧嘩して。

「…どんな時も、姫はオレの側におったな。」

「炎くんは、私の側にいてくれたよね。」

 顔を見合わせる。

「これからも一緒!」

 がにこりと笑った。

「ん。 これからも、ずっと一緒や。」

 つられて笑って、樋口は続ける。

「もう一個、約束しよか。」

 右手の人差し指を立てて、をじぃっと見る。

「なーに?」

 が首を傾げた。

「いつも笑顔! はい、復唱!」

「いつも笑顔!」

 樋口に続いてそう言って、が頷く。

「ん! 約束! いつも笑顔!」

 この笑顔に。

 のこの笑顔に、いつも支えられていた。

(俺って邪魔だよな…)

 温かい缶ジュースを三つ持って、藤真が溜息を吐いた。

「ほら、ココア!」

 その声に、が笑顔で答える。

「ありがとう、ボス! 温かい〜。」

 ちらっと、樋口を見る。

「お前はコレ。」

 そう言って投げたのは。

「緑茶?? イヤやー、いじわるっ! そっちがエエ!」

 藤真の予想通り、樋口は藤真の持っているココアを指差した。

 ジャングルジムに登りながら、藤真が口を利いた。

「…病院抜け出して来たんだろう? ちゃんと検査もしないで、ココアなんか飲んでいいのか?」

 さすがに言葉を飲み込んだ。

 がじっと樋口を見る。

「どうしてもココアがいいなら、変えてやる。 ただし、何かあったら自分の責任だぞ。」

 少し厳しい口調。

「………お茶でええわ。」

 樋口はぷぅと頬を膨らませた。

「何や、兄貴風吹かせよって…」

 ぶつぶつと小言をもらす。

「兄貴風…?」

 が首を傾げた。

 藤真は樋口を見て、小さく息を吐いた。

「…無理に話せとは言わないが、いつまでも隠し通せるなんて思うなよ。」

 樋口は何も言わない。

「…隠していた時が長いほど、お前の周りにいる人達は傷付くんだ。 それも覚えておけ。」

「…言われんでも知ってるわ。」

 ぎゅっと、お茶の缶を握る。

 少し緊張した空気を破ったのは、だった。

「ねぇっ! かんぱいしよう!」

 藤真が首を竦めた。

「折角だしな。」

 肘で、樋口を小突く。

「ウォッホン。 えー、泉沢初優勝と、プレゼントゲーム・に…」

「「「 乾杯! 」」」

 一口飲んで、がちらっと樋口を見る。

「待つよ。」

 樋口がの方を振り返った。

「炎くんが話したくなるまで、私は待つよ。」

 にこりと笑う。

 その笑顔は心に沁みた。

「…ん。」

 冷たい風の吹く、澄んだ空の下だった。


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