桜の木の下で



 桜が咲き乱れる校庭を、新しい制服に身を包んだ新入生達が歩いている。

 初々しいその姿を横目に、男子生徒は溜息を吐いた。

「健司!」

 聞き覚えのある声に、男子生徒は顔を向けた。

 幼なじみの少女が、にこにこと微笑んでいる。

「溜息なんか吐いて、どうしたの?」

 男子生徒の背中を強く叩いて、少女は続けた。

「それにしても目を引くみたいね。 色男は辛いわね、藤真健司さん?」

 少しイヤミっぽく、小さく笑う。

「人の事言えるのか、ミス泉沢の、黛 真琴(マユズミ マコト)サン?」

 藤真健司は苦笑った。

「クラス…健司だけ1組なの、離れちゃったね。」

「ああ。 大祐も4組だろ?」

 泉沢中等部・入学式。

 校門の所で何やら話し込んでいる2人、その容姿のためか、かなり目立つ。

 新入生はもちろん、父兄等まで、足を止めて振り返るほどだ。

「それにしても、遅いな…」

 藤真は腕時計に目を落として、辺りを見回した。

 もう直、式が始まってしまう。

「先に体育館に行きましょう。 3人揃って遅刻なんてしていられないわ。」

 真琴が促し、2人は並んで歩き出した。

 藤真がふと目をやった校庭の片隅に、バスケットのゴールがある。

 風に舞う桜の花びらが折り合い、一枚の絵画を思わせる光景だ。

「…真琴。」

 不意に名を呼ばれて、真琴は首を傾げた。

「どうかしたの?」

 藤真は目を細めた。

「…去年かな、練習が休みの日にゴールのある公園を探しに行った事があるんだ。」

「…さっきの溜息と、関係ある事?」

 真琴の確信を突く言葉に、藤真は首を竦めた。

「この風景を見ると思い出すよ。」

 藤真は校庭を見たまま、続ける。


  見つけた公園には先客がいた。

  近所の子供だろうか、小さな少女。

  自分より大きいのではと疑うボールに、遊ばれていた。

  ドリブルもままならず、シュートにも到底届かないのに、諦めずにゴールに向かう少女。


「俺は、妖精を見たんだ。」


  忘れもしないあの光景。

  一陣の風に目を伏せた藤真が次に見たモノは。―――

  時が止まったような錯覚に陥った、キレイなレイアップシュート。

  「ナイッシュっ!」

  思わず声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。

  少女は驚いたように藤真を見たが、やがて微笑んだ。

  「ありがとう。」


「本当に、バスケが好きなのね。」

 真琴が小さく笑った。

「3年間やって来たからな…」

 藤真は隣を歩く真琴を、真っ直ぐに見つめた。

「お互いに、最期だな。 女子部は翠も入るし、期待できるかな?」

 真琴が真っ赤になって言う。

「ど〜せ、万年初戦敗退ですよ〜。 男子はどうなのよ?」

 藤真はクスクス笑っている。

「とりあえず、ベスト8は脱出したいな。」

 一際大きな桜の木の下に差し掛かった時、風が通った。

 首を傾げて振り返ってみると、小さな女子新入生。

「那美(ナミ)さん〜、早く〜!」

 風のように駆けて行きながら、少女が隣の女性の手を引く。

 藤真はわずかに目を丸くした。

(………あの子、小さいな。)

 桜の咲き乱れる、入学式の1コマだった。



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