ピンポーン。 夜中に響くチャイム。 藤真が眉を寄せた。 おっくうそうに立ち上がり、ドアを開ける。 ガチャ。 「新聞ならお断り…」 言いかけて言葉を飲み込んだ。 「真琴…?」 幼なじみがそこに立っている。 真琴は小さく笑った。 「新聞の勧誘じゃないから、中に入れて。 寒いわ。」 「どうかしたのか? 夜に訪ねて来るなんて、めずらしいな。」 リビングのソファに向かい合わせで腰を下ろして、藤真が首を傾げる。 「…いざ引退したと思ったら、少し淋しくなっちゃって。 話を聞いて欲しいの。」 過去を振り返るように、ゆっくり語りだす。 「入部したての頃は、全然下手で… 健司に居残り特訓してもらってたわよね。」 藤真にシュートを教えてもらったのが、昨日の事のようだ。 「そうだったな。 思えば俺は、一年の頃からずっと居残り組だった。」 一年の時は真琴と大祐。 二年の時は、京を残して練習に付き合わせていた。 そして、三年の時は。 「…あの二人は、すごい素材だよ。」 素直に褒める事しか出来ない。 教えた事をスポンジのようにどんどん吸収して… 「樋口は、ナマイキだったけどすごく正直で… 少し羨ましいくらいだよ…」 「先輩相手にちっとも物怖じしないし、見ていてスカッとする子だったわ。」 真琴の声に頷く。 真琴がじっと藤真を見据えた。 「ちゃんは?」 一瞬、言葉を飲み込む。 「は………」 いつも笑顔で、いつも元気で。 明るくて素直で、何事も一生懸命頑張って。 藤真は口元だけで小さく笑った。 「…最初から最後まで天然だった。」 その言葉に、真琴が小さく吹き出す。 「それも可愛いじゃない。」 「…ああ。 いい子だよ。」 そう言う藤真の表情はとても穏やかで、真琴は意を決したように小さく頷いた。 「健司…」 「何だ?」 藤真が真琴を見据えた。 真琴はまっすぐに、藤真を見つめ返す。 「…アナタが好き。」 突然の告白。 藤真は自分の耳を疑った。 真琴は続ける。 「言ったでしょう、受験に専念したいって。 もう他の事は考えていられないから。 だからちゃんと伝えないと、って思ったの。」 黙り込んだ藤真を見て、首を竦める。 「いいのよ。 期待してないわ。」 にこりと微笑んだ。 「健司の心には誰かいるって事も、その誰かが私じゃないって事も、知っているもの。」 じぃっと藤真を見上げる。 「ちゃんが好きなのね。」 問いかけではなく、確信めいた声。 「………ん。」 ふとした時、頭に浮かぶのはいつもだった。 いつからだろう。 とても小さかった少女は、藤真の中でとても大きな存在になっていた。 「悪い………」 少し項垂れる。 真琴が首を振った。 「期待してないって言ったでしょう。 気にしないで。」 と、にこりと笑った。 「告白なんて… もっと緊張すると思ったわ。」 真琴は小さく笑った。 「ちゃんか… 大変ね。 樋口君は手強そうよ。」 「…大変だろうな。」 樋口もそうだが、自身も。 「真琴………」 「なに?」 藤真は首を振った。 「いや… 受験、がんばれよ。」 「ありがとう。 お邪魔しました。」 言わば失恋したと言うのに、真琴はどこかすっきりした表情で藤真に手を振った。 一人、リビング残されて、ソファにもたれるように天井を見上げる。 「…真琴は、知らないからな………」 いつからであろう。 に対して、何か違和感を感じている。 ただ、出逢った頃から、はだった。 一年で特に、何が変わったと言う訳でもない。 「いつも元気なのか… 元気なフリをしているのか…」 初めの頃、練習がきつくて倒れた事があった。 あの時も、いつものように笑っていた。 樋口が病院へ運ばれた時に、笑顔が消えて。 再会した時に泣くかと思いきや、そのままいつものように笑顔に戻って。 「小さい頃に、何かあったんだろうな…」 両親はなく、叔母と住んでいる。 叔母は仕事に忙しい人だから、家に一人でいる事が多い。 そんな話を聞いた。 その話をする時も、は笑っていた。 藤真は一度目を閉じた。 ゆっくり、開ける。 小さく首を振った。 「卒業までは… 見守ろうと思う。 そのくらいいいだろ、樋口…」 そう呟いた。 何事もなく、年が明ける。 |