秋山 椛



「失礼します。」

 職員室から出てすぐ、真琴は足を止めた。

 背の高い、よく知った顔。

「………椛。」

 真琴の声に、女生徒が振り返る。

「…真琴。」

 真琴は、何故か胸がほっとする感覚を覚えた。

「………ちょっと、話さない?」

 真琴の声に少し驚いたように、秋山が目を丸くした。

 真琴は構わず、秋山の手を引いて歩き出した。

 屋上の、給水タンクの裏。

 お決まりのサボり場所である。

「どうだ、少しはキャプテンらしくなったのか?」

 先に口を利いたのは、秋山。

「今年は、いけるかもしれないの。 すごい一年が入って来て…。」

 真琴の声に、首を振る。

「…そうじゃない。 同学年の連中だ。」

 真琴は苦笑いで答える。

 秋山が小さく息を吐いた。

「…問題大ありみたいだな。」

「去年までは………」

 真琴は俯いて続ける。

「私は、楽しかったわ。 色々あったけど、椛がいてくれたから。」

 秋山を見上げて、少しはにかむ。

「椛は、本当にバスケが好きで、練習も一緒に頑張って、勝てなくても… それでもいいと思ってた。」

 秋山が首を竦めた。

「キャプテンがそんなんでいいのか? 今年は勝たなきゃまずいんだろう。」

 真琴が首を振る。

「椛がいないチームで勝っても、嬉しくないのよ。」

 真琴が秋山を見上げた。

「ねぇ、バスケ部に、戻って来てくれない?」

「真琴…」

 秋山がしぃっと、真琴を黙らせた。

 誰か、屋上に来たみたいだ。

 もうすぐ、部活が始まる時間だ。

 秋山が、眉を寄せた。

(西野さん達…)

 三年の、女子バスケ部の連中である。

「西野、今日どうする?」

「塾があるから、帰ろうかな。」

「あはは! アンタって、いつもそればっかり! 週一なんでしょ?」

 真辺が、制服のポケットから何か小さな箱を取り出した。

「いる?」

 西野に言う。

「メンソール? 一本ちょうだい。」

 黛は、耳を疑った。

 たまらず、飛び出す。

「ちょっと、何やってるの?!」

 突然の声に、4人が驚いて振り返る。

「あら、キャプテン。 こんな所で何してるの?」

 西野が真琴を、軽く睨む。

 真琴は、強気で続けた。

「…そのタバコ。 去年、部室で見つかった物と同じよね? どう言う事?」

 4人を代わる代わる見比べる。

「あ、あなた達、椛のだって… そう言ったわよね? それで、椛が退部処分になったの、知っているでしょう?」

 4人は、小さく息を吐いた。

「気に入らないんだよね、アンタ。」

 西野が言った。

「こんな弱小バスケ部で、何がしたいの? 目標は、ベスト8? ハ! 笑わせないでよ。」

 真辺が続けた。

「藤真君も藤真君よ。 何だって、アンタとか一年のチビとか… 気にくわないのよね。」

 水無瀬が言った。

「秋山だってそうよ。 あたし達にケチ付けたから、辞めさせたのよ。」

 水城が言った。

「え?」

 真琴が驚いて、眉を寄せた。

「何で、あの時言い訳しなかったの? アンタ、バカよ。 自分じゃない、西野達がやったって言えば良かったのに。」

 真琴が秋山を見据えた。

「椛…」

 秋山が西野達を睨み据える。

「あの時、こいつ等4人が抜けたら、試合に出れなかった。 真琴は、どうしても試合に出たいって、言ってたから…。」

 西野が声を上げて笑った。

「本当、お人好しよね! バカじゃない!」

 何が、許せなかったのだろう。

 嘘を吐かれた事? バカにされた事?

 それとも、秋山の気持ちが踏み躙られていた事?

バチン。―――――

 屋上に、大きな音が響いた。

 頬を押さえて座り込み、驚いたように西野が真琴を見据える。

 真琴は肩で息をしながら、自分の掌を見つめた。

 初めて人を殴った。

 まだ、手が痺れている。

「なっ!?」

 その場にいた全員が驚いて言葉を飲み込んだ。

「マコちゃん、よくやった♪」

 突然の声に、全員が振り返る。

 翠がしてやったりと言わんばかりに、ガッツポーズをしている。

「今の話、全部聞かせてもらったからな。」

 大祐が言った。

「…藤真君……………」

 4人がバツの悪そうに、藤真を見つめた。

「大祐と話をしようと思って屋上に来たら、揉めている声が聞こえたんだ。」

 藤真はゆっくりと、真琴に視線を移す。

「…真琴、大丈夫か?」

 真琴の肩に手を置いて、藤真が問う。

「ちょっと、藤真君! 西野、殴られたんだよ! 何で、黛の方に先に声かけるのよ!」

 水無瀬が怒ったように、突っ掛かった。

「あれやなぁ。 見える所の怪我と、見えない心の傷と、深いんはどっちかって事やな。」

 大祐の脇から、樋口が顔を出した。

 バカにされたような感じ。

 4人の頭に、血が上る。

「辞めてやる! バスケ部なんか、辞めてやる!」

 口を揃えて駆け出した4人に、秋山が溜息を吐いた。

 俯いたままの真琴に、視線を移す。

「ごめんね。 私、椛の事… 信じてなかった…」

 泣き出しそうな顔の真琴に、秋山が首を振る。

「さっき、西野殴った時、かっこ良かったぞ。」

 ぽんと頭を撫でられて、真琴の瞳から涙が零れた。

「もうお終いよ。 これからの試合、一体どうすれば……… 」

 秋山は、小さく息を吐いた。

「お前一人に背負い込ませて悪かった。 これからは、二人で頑張ろう。」

「三人だよ!」

 翠が口を挟む。

「4人です!」

 が声を張り上げた。

 藤真が首を竦めた。

「皆で頑張るんだ。 さ、行くぞ。 練習だ。」



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