1年2組



 入学式後の新入生の教室。

 ワイワイはしゃぐ1年の教室の中でもココ、1−2は一際騒がしかった。

「ども〜! 樋口 炎(ヒグチ エン)言いまんねん〜! 大阪から引っ越して来たんやけど、よろしゅう♪」

 教室の中心、机の上に上がって、隣の教室にまで聞こえるのではないかと言うほどの大声で、一人の少年が自己紹介をしている。

 屈託のない笑顔と、親しみ易い性格で、早くもクラスの視線を独り占めしていた。

「燃える大阪男児・樋口〜! コッチ来たばっかでなあんもわからへんから、よろしゅう頼むよ〜☆」

 樋口は指を鳴らした。

「そこの子可愛いなぁ、良かったら彼氏候補に入れといてな!」

 早くも、女子生徒達に声をかけ回っている。

「可愛い子が多いなv 引っ越して来てオオアタリや♪」

 調子がいい樋口のおかげで(?)、クラスの空気も緊張が解けて柔らかい。

 順応力の高い樋口は、クラスのムードメーカーになっていた。

 しかし、

バンッ。―――

 突然、乱暴に机を叩く音が聞こえて、教室は一瞬の内に沈黙に包まれた。

 音の方を見ると、一人の少女が不機嫌そうに樋口を睨みつけている。

「な、なんや…?」

 樋口は不快そうに眉を潜めた。

 樋口を見つめたまま、少女は視線を外さない。

「あぁ、なるほど。」

 やがて、樋口がぽんと手を叩いた。

「俺に惚れたんやろ。 そーかそか。」

 一人納得して頷く樋口、教室に笑いが沸き起こる。

ダン。―――

 先程より大きな音がした。

 少女が机を力一杯叩いて、立ち上がったのだ。

「…スマン、気悪くしたか?」

 樋口が苦笑った。

 少女がゆっくりと口を利いた。

「…騒いでんじゃねぇよ、田舎モン。」

 初対面でこんな悪態を付けられれば、頭に来るのは当然で。

「なんや、謝ったやないか。」

 樋口は面白くない。

「ギャーギャー喚くな。 うるさい。」

 樋口を睨んだまま、少女が言う。

「なんやねん、お前。 皆が気ぃ張り詰めっとたから、早くリラックスして馴染めるよーにって、折角俺が…」

 捲くし立てる樋口の言葉を制して、少女が言った。

「うるさいって言ってるだろ! ガキじゃあるまいし! はしゃぎたかったら、小学校に帰れ!」

 教室に複雑な空気が流れる。

 樋口の頭に、血が上った。

「エライ、口の悪い、女やな! そないなんやったら、嫌われるで!」

 少女は眉を顰めて、樋口に近寄った。

「ふーん…」

 ずいっと詰め寄って、細く笑う。

「な、なんや…?」

 樋口はわずかに後ずさった。

 少女はいじわるそうに笑った。

「チビ!」

 樋口はしばらく、目を丸くしてきょとんとしていたが、しばらくして我に帰ると、やっと少女の言葉を理解した。

「なんやて!? この、男女ぁ!」

 殴り合いの喧嘩になるかと思われたその時。

 樋口は、視界に一人の少女を捕らえた。

「な、お前あん時の…!」

 頭に血が上っていた事も忘れ、樋口は少女の脇を通り抜けた。

 軽い足取りでスキップするように、目的の少女の前まで歩いて行く。

 クラスの視線が集まった。

 窓際だった。

 教室の騒ぎなどに関せず、少女は鼻歌を歌いながら校庭を見回していた。

 桜が咲き乱れ、3階と高さもあるため見晴らしはいい。

 隣に立って、やっと樋口の存在に気付いた。

「あ!」

 樋口を見て、花のように笑う少女。

 その笑顔に一瞬戸惑って、樋口は小さく咳払いをした。

「また会ったな!」

 しげしげと少女を見つめ、そっとその頭をぽんと叩いた。

「同じ年やったんか、えらい小さいな。」

 146pの樋口より、さらに小さい。

 柔らかそうな栗色の髪。

 白い肌と、よく映える緑色の左目。

 少女の名は

 新入生である。

「俺の事忘れたんか? 声かけてくれてもええんとちゃう?」

 苦笑う樋口を見上げて、少女は首を傾げた。

「だって樋口君、楽しそうだったから。」

 にぱっと笑って、少女が言った。

 ズッコケそうになるのを、樋口は堪えた。

「あのな、ちゃん。 アレが楽しそうに見えたんか? 俺あの男女に、いぢめられとったんやで?」

 指で先ほどの少女を指す。

「男女ぁ〜?」

 ずんずんと少女が樋口に詰め寄った。

「やい、ドチビ! 男女って誰の事だ!」

「俺が小さいんやない! お前がデカイんや! 口も悪い! お前みたいんは女やない!」

 言い争いを再開した2人を、はにこにこと見守っていた。

「エエか、女っちゅうんは、ちゃんみたいに可愛いらしい子を言うんや! お前なんか男女で十分や!」

 ぎゅっとを抱き締めて、叫び散らす樋口。

 少女の頭に血が上る。

「ふざけんな!」

 どんっと、樋口を突き飛ばした。

 窓枠に体を強く打ち付けて、樋口は胸を押さえた。

「あ…!」

 クラスメイトの一人が叫んだ。

「!」

 少女は目を丸くした。

 樋口に抱き締められていたため一緒に突き飛ばされたの体が、窓の外に乗り出している。

ちゃん!」

 咄嗟に樋口がの腕を取った。

「早く引き上げろ!」

 そして少女が、同じように樋口の腰に、手を回す。

「わあっとるわ! 男女!」

 勢いよく振り向いて、拳を振り上げる樋口炎(12)。

 ………拳?

「あぁ!! しもた!」

 の体が真っ逆さまに落ちて行く。

 窓から身を投げようとする樋口を、少女は懸命に押さえていた。

「放せぇ、男女! ちゃんを助けるんや〜!」

 窓の外は体育館に向かうための通路。

 人が通るはずな…

「!」

 少女の目に、見知った顔が写った。

 樋口を投げ飛ばして、窓からめいっぱい叫ぶ。

「マコちゃん! 健ちゃんっ! 兄貴っ! それ拾って〜!!」

 突然の頭上の声に、3人は上を向いた。

 真っ逆さまに落ちてくる少女。

「健司! 大祐!」

 真琴が叫ぶより先に、2人は動いていた。

 受け止めようと広げた藤真の腕の中に少女が落下して来て、衝撃でひっくり返える藤真の頭を大祐が庇う。

どさっ。―――

「2人とも大丈夫?」

 真琴が心配そうに2人を見回した。

「いててて…」

 体を起こした藤真は、数度頭を振った。

 大祐が藤真の腕の中の少女を抱き上げ、立たせてやる。

 状況がわかっていないのか、少女はきょとんとしていた。

「大丈夫?」

 藤真が微笑むと、少女は花のように笑った。

「ありがとう。」

 桜の花びらを乗せて、一陣の風が吹いた。

「………」

 藤真健司に、妖精が降って来た春の一日。



余談。―――

 騒ぎの発端・樋口 炎と少女・佐倉 翠(サクラ ミドリ)。

 職員室で大目玉を食らったそうだ。



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