見学



 入学式から早2週間。―――

 新しい環境にも慣れ、緊張が解けかかった新入生達の勧誘が、各クラブで行われていた。

 そんな中、泉沢の第二体育館では。

ダム。―――

 バスケのボールの音が、静かな体育館に響いた。

 まだ、バスケ部の練習は始まっていない。

スパッ。―――

 フリースローラインからの、シュートが成功した。

「翠ちゃん、すご〜い。」

 は嬉しそうに、手を叩いた。

「ま、コレっくらいはな。」

 得意になって不敵に笑う翠。

 それを見ていて、面白くないのが一人。

「なんや、そんなん。 凄くもなんともないで。」

 野次を投げる、樋口炎(12)。 先日の一件で、すっかり翠を気嫌いしている。

「負け惜しみ。」

 ふぅと大袈裟に溜息を吐いて、翠は樋口を見据えた。

「なんやて、コラ。 大阪でミニバスのエースやった俺に、ケチ付ける気か?」

 売り言葉に買い言葉。

 どちらも頑固で、譲らない。

「なめるなよ、チビ。 翠はな、健ちゃんやマコちゃんや、ついでに兄貴とだって練習してんだぞ。」

 バスケットボールを器用に指先で回す。

「ほぉ〜。」

 体育館の壁に寄り掛かっていた樋口は、不快そうに眉を顰めて上着のブレザーを脱いだ。

ちゃん、ちーとばかし持っててくれ。」

 に優しく笑いかけてブレザーを渡し、翠を睨む。

 翠は強気に樋口を見下していた。

「何だ、チビ。 図星言われて、むかついたのか?」

 同じ年の女の子にこんな事を言われて、腹が立たない訳がない。

ダム。―――

 樋口は翠の手元で遊ばれているボールに視線を落とした。

 翠の隙を付いて、ボールを奪い、あっという間にシュートを決めてしまう。

 口を開けたまま呆気に取られている翠に、べえと思い切り舌を出す。

「どや! 見たか!」

 偉そうに踏ん反り変える樋口。

「勝負だ、チビ!」

 翠は抜かれたのが頭に来たのか、樋口に挑んでかかった。

 はしばらく2人の 1 on 1 を見ていた。

 翠も、樋口もかなり上手い。

 バスケに関しては素人だが、2人が上手いのはわかる。

 ふと、床に視線を落としてみた。

 先ほど、壁に寄り掛かりながら、樋口が手を遊ばせていたボールが目に付く。

 座椅子に樋口のブレザーを掛けて、はボールに手を伸ばした。

 小さなからして見れば、ボールはかなり大きく重い。

 は2人が使っているのとは逆のゴールを見つめた。

 にぃっと笑って、力強く駆け出した。



「見学、どれくらい来るかしら?」

 大きなスポーツバッグを肩に掛けた黛が、2人の幼なじみに問い掛ける。

「心配しなくても、…見学には、いぃっぱい来るだろうよ。」

 大祐が意味あり気に、苦笑いを浮かべる。

「まぁ、ミーハーはお断りだな。」

 藤真が継いで苦笑う。

 2人の苦笑いの意味を知っているので、黛は深追いしない。

「とりあえず、翠ちゃんは来るわね。」

 さり気なく、話題を反らす。

「あはは…いいよ、アイツは。」

 大祐が疲れたように乾いた笑いをこぼした。

 大祐は2つ年の離れた口の悪い妹に、手を焼いていた。

「?」

 体育館の入口まで来て、中が騒がしい事に気付き藤真は首を傾げた。

 何やら、言い争っているような声。

「…誰だ?」

 藤真の呟きに、黛と大祐は顔を見合わせた。

ガラ。―――

 ドアを開けて、目に映ったのは。

「あ、健ちゃん!」

 制服姿の翠。

 一瞬の隙を付いて、樋口に抜かれた。

(早い!)

 気持ちのいい音がして、ボールがゴールに吸い込まれた。

 黛と大祐が、樋口のプレイに驚いていた。

 一方、藤真は。

 一通り体育館を見回すと、翠達とは反対のゴールに、小さな少女がドリブルをしながら走って行くのが見える。

(あの子だ。)

 先日、空から降って来た小さな妖精。

ふわ。

 少女は跳んだ。

「!」

 藤真は目を見開いた。

 どこかで見た事があるような、キレイなシュート。

パシュ。―――

 フレームに当たる事無く、ボールはゴールに吸い込まれて行った。

「ナイッシュ!」

 口から漏れた声に、慌てて口を塞ぐ。

 声に驚いたのか、体育館にいた全員が藤真を見つめた。

 少女は、ゆっくりと振り返った。

 花のように笑って、藤真を真っ直ぐに見つめる。

「ありがとう。」

 その後。

 バスケ部の練習を見学するつもりだった3人は、体育館の隅で練習を見ていた。

 樋口と翠は時々言い争いをしていたが、は黙って目でボールを追っていた。



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