「佐倉さん、黛さんも上がって。 二葉さんのヘルプに付いて下さい。」 コーチの指示。 あえて、には何も言わない。 竜の表情を伺う。 内心、かなり複雑だろう。 かつてのチームメイト。 何より香咲は、竜のすべてを知っている。 「自信を持ちなさい。 貴女は、泉沢のエースですよ。」 エース。 今は、その言葉が重荷に聞こえて仕方ない。 こんなにプレッシャーを感じたのは初めてだ。 得点は、14-9。 わずかに、更科がリードしている。 俯いたまま唇をきつく噛み締める竜に、皆かける言葉が見つからない。 そっと、強く握ったその拳を、小さな手が握る。 竜は我に返って、その小さな少女を見据えた。 「まだ始まったばっかりだよ。 大丈夫。」 がいつものように、にっこり笑う。 そう。 この笑顔を守りたくて。 更科以外でするつもりはなかったバスケを、もう一度始めようと思ったのだ。 「…ん。」 小さく頷く竜を見て、他のメンバーも心なしか安心したように小さく息を吐いた。 (しっかりしなきゃ…。) 更科のプレイスタイルは知っている。 香咲とだって、1 on 1 では、いい勝負をしていた。 (負けたくないもん、がんばろう。) 再びコートに立つ。 「竜、貴女の力を見せて見なさい。」 香咲がじっと竜を見据える。 「更科のエースの看板を背負っていたのよ。 敵であっても、無様なプレイは許さないわ。」 香咲と竜は、去年のゴールデンコンビだった。 二人だけで、オフェンスもディフェンスもやっていたのだ。 パスを出す時の合図、フェイクのパターンは、知っている。 動きにだって、ついて行ける筈。 「え?」 パスが通ったかと思いきや、香咲はそのまま手首を返すだけでパスを続けた。 驚く間もなく、駆け出す。 「遅いわよ!」 何度目かわからない。 香咲の背中ばかりを追いかけている。 (何で…) 動きが全く読めない。 明らかに、付いて行けていない。 香咲がじっと竜を見据えた。 「更科は、常勝と呼ばれているの。 負ける訳には行かないわ。」 射抜くような視線に、息を飲む。 「貴女が転校してから2ヶ月。 常に優勝のために練習を重ねていたのよ。 もちろん、貴女の知らない動きも増えたし。」 竜は何も言えず、ただ目を反らさない事だけに気を配っていた。 「動きを見ればわかるわ、まともに練習なんてしていなかったんでしょう?」 確かにその通りだ。 初めは、バスケを続ける気もなかった。 京やや樋口などと、たまに遊んでいたくらい。 まともに練習をしたのは、富川戦以降の一週間程度。 「それで更科に通用すると思っているの?」 香咲にパスが通った。 そうやって香咲にパスを回すのは自分で、また、香咲からパスを貰うのも自分だったのだ。 抜かれた。 反応すら出来なかった。 離れてわかる、実力の差。 足が竦んだ。 手が震える。 「無理だよ… ボクは、あそこでプレイしてたんだ………」 |