約束



『それで更科に通用すると思っているの?』

「竜!!」

 秋山に怒鳴られて、我に返る。

 また、抜かれた。

 大きく溜息を吐く。

 戦意喪失とも言うべきだろうか。

 試合中だと言うのに、体が全くと言っていいほど動かない。

 香咲を相手に、完璧に気持ちで負けてしまっている。

 今まで、更科と対戦して来た選手達は、こんな気持ちだったのだろうか?

 怖い物なんてなかった。

 何故なら、最強と呼ばれたチームのメンバーだったから。

 あの頃は、自分の対戦相手は、怯えた目をしていた。

 きっと。

 今の自分は、その時の選手と同じような表情をしているだろう。



「あかん。 ガッチガチやん。」

 樋口が大袈裟に溜息を吐く。

「竜………」

 京が心配そうに呟く。

「あのチームにいたんだろ。 そりゃ、ショックもデカイと思うぜ。」

 大祐の言葉を、藤真は黙って聞いていた。

 自分の力で乗り切らなければ、この壁は越える事は出来ないだろう。

「富川と当たった時に、他の4人は今の竜ちゃんと同じ気持ちを味わってる。 あん時は竜ちゃんが立て直したみたいやけど… 今日はどうなん? このまま一方的な試合になって、負けるん?」

 誰も答えない。

 否定も出来ない。

 出来るのはただ、信じて見守るのみ。

… お前しかいない。 どうにか、竜を支えてやってくれ。)

 天に縋る思いで祈る。



「ボール、香咲さんに集めましょう!」

 更科の選手が言う。

 バスケットなんて、簡単だ。

 エースが、強い方が勝つ。

 一人でも、戦意を失った選手がいるチームが負ける。

「佐倉!!」

「言われなくても!」

 秋山が怒鳴ると同時に、翠が駆け出した。

 香咲のガードに回って、竜の負担を軽くしてやらないと。

「え?」

 あまりに一瞬の事で、何が起きたのかわからなかった。

 富川の選手達とは、違う。

 王者・更科の看板エース。

 その実力は、底知れないであろう。

「翠ちゃん、しっかり!」

 黛がぽんと肩を叩くが、翠は小さく頷いただけだった。

 香咲は、自分の前に立ちすくむ竜を見据える。

 きっと、竜は動けない。

 自信があった。

 だからと言って、手加減をする訳もない。

 小さなフェイクを二つ入れて、竜を抜く。

「え?」

ピィー。

「オフェンス、青・4番!」

 審判の声に、竜が我に返り振り返る。

…」

 翠に手を差し伸べられて、がゆっくり立ち上がった。

「どんまい、香咲さん。 もう一度ボール回しますから。」

 更科の選手の言葉に小さく頷いて、香咲はを見据えた。

 はじっと見据え返しただけで、何も言わなかった。

「貴女、ミニバスの経験者?」

「バスケは、4月から始めました。」

 香咲はチームメイト達の下へ戻った。

 秋山が眉を寄せる。

「今、わざとか?」

「え?」

 真琴が首を傾げて、に視線を移した。

 は小さく笑った。

 秋山が、その頭を撫でる。

 はじっと竜を見据えた。

「富川戦の後、自分に約束したんだ。」

 にっこり笑って、続ける。

「竜ちゃんに助けてもらったから、今度は私が竜ちゃんを助けようって。」



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