「も〜だめ! 翠、死んじゃう!」 マラソンのゴール直後、翠はその場に座り込んだ。 「…27分36秒か…」 藤真が言い、黛が記録している。 「…翠が一番だ、って思ってたんだけどな。」 藤真はイジワルそうに笑った。 その足元に座り込んで、樋口が不敵に笑っている。 「俺の勝ちや♪」 肩で息をしている翠は、疲れているため反撃できない。 悔しくてわずかに唇を噛み締めた。 「30分以内なら、上出来よ。」 黛が誉める。 「そーそ。 樋口だっけ? お前早いな。」 大祐が感心したように呟いたので、翠は益々面白くない。 次々に順を追ってゴールする。 「お! ちゃ〜ん、ファイトやで〜!!」 樋口がゴール間近のを見て大声で言った。 「…27分55秒。」 全員がゴールしたのは、スタートから41分後だった。 「ま、毎日…こんなに走るんですか…?」 一人の男子生徒が、途切れ途切れに聞いた。 「ん〜、大体この2倍くらい…だっけか?」 大祐がさらっと、黛と藤真に訊ねる。 途端に6人の男女が、入部を諦めると言い出した。 「気が変わったら、いつでも入部してね。」 黛が優しく微笑んだ。 樋口はぽ〜っと見入っていた。 「エライ美人さんやな…v 男子のと違うて、女子部のキャプテン優しいな。」 「マコちゃんは翠のだかんな! 覚えとけ、チビ!」 翠が座り込んだ体勢のまま言った。 「…負け惜しみやな。」 不敵に笑った樋口を見て、翠にイライラが募る。 「んだと、この…っ!」 「翠!」 藤真は樋口に飛びかかろうとした翠を一喝して、へばった様子の入部希望者たちを見比べた。 「…5分後から、男女に分かれて試合をしてもらう。 体育館に集合だ。」 藤真に怒鳴られてしゅんとした翠を、黛が優しく宥める。 大祐が大袈裟に頭を抱えて、樋口に言った。 「悪いな、アレ…妹なのよ。 俺、副キャプテンの佐倉大祐(サクラ ダイスケ)な。」 大祐は藤真と黛を振り返った。 「さ、行こうぜ。」 残った11人の体験入部生を引き連れて、3人は体育館に戻った。 パシュ。――― ジャンプシュートを決めて、翠が踏ん反り返った。 「見たか!」 明らかに樋口を挑発している。 樋口はすぐに、レイアップシュートで点を取り返した。 「ふふん♪」 翠に向かって、べえと舌を出す。 「………あいつ等何してんだ?」 「さあ…?」 大祐の問いに黛は苦笑った。 「…ったく、対抗意識丸出しだな。」 藤真は呆れて頭を抱えた。 「元気でいいじゃありませんか。」 佐藤コーチが、にこやかに言う。 樋口と翠のプレーは、目立った。 敵意剥き出しに、ここぞとばかりに火花を散らしている。 「…しっかし、荒削りだな〜。」 大祐が苦笑いながら、見ている。 「…張り切るのは、いいんだけどね。」 黛が少し困った顔をした。 他の一年が怯えてしまっているのだ。 何のための試合なのかわからない。 「翠! 交代だ!!」 有無を言わさず、藤真が言った。 二人の 1 on 1 を見るための試合ではない。 男子より女子が一人多いので、翠を引っ込める。 結果は、翠が抜けた女子が樋口を止められず、男子の勝利で終わった。 「…よく頑張った。 残った全員が正式に入部してくれるのを信じるよ。」 藤真が始めて笑顔を見せた。 「キャプテン、ソレ見てもいいですか?」 コーチに渡すより先に、2年の二葉が申し出る。 ソレとは、今日の記録が記されたノート。 「コーチには僕から渡しておきますよ。」 重くなった体を半ば引き摺るようにして、一年生達は帰っていった。 |