三井寿



「!」

 一番遅れて更衣室から出て来て、が足を止めた。

「うぃっす!」

「…樋口くん。」

 首を傾げるに、いつもの人懐っこい笑顔で、にかっと笑う。

「お疲れさん!」

 元気のいい声に、気持ちが軽くなるような錯覚すら覚える。

「ん。」

 が笑った。

「ん…。」

 樋口が何か差し出した。

「いちごみるく…?」

 首をかしげるに、樋口が頷く。

「ボスが買うてくれてん。 頑張ったって言うとったで。」

 ボスとは、藤真の事だ。

「ん…」

 いちごみるくを受け取って、が淋しそうに笑った。

「負けちゃった…」

 樋口は首を振る。

「次勝てばええんや。 さ、帰ろ。」

 踵を返して歩き出そうとした時。

どん。

 4〜5人の集団の内の一人とぶつかった。

「おわっ!」

 樋口は上手い具合に避けたが、は避け切れずにぶつかり尻餅を付いてしまった。

「こら〜、気ぃ付けんかい!」

 勢いよく怒鳴る樋口に、とぶつかった一人がゆっくり振り返る。

「その甲高い大阪弁…」

 振り返った少年を見て、樋口が言葉を飲み込んだ。

「泉沢の12番だな。」

 20cm以上の身長差。

 軽く睨まれるが、樋口に怖いものなどなかった。

「三井寿!」

 を立たせてやって、続ける。

「自分等を苦しめた選手の名前くらい覚えとけ! 樋口炎や!」

 樋口には一瞥しただけで。

 三井は樋口の陰に隠れるような形で、自分を見上げる少女を見据えた。

 小さい。

 三井に比べれば、樋口なんてとても小さいのに、その樋口より更に小さい。

 だけど。

「試合…」

 がじぃっと三井を見上げた。

「惜しかったな。」

 続けて三井の口から出た言葉に、は少し驚いた。

「俺等も上で見てたけどよ、いい試合だったと思うぜ。」

 目をぱちくりさせて、は微笑んだ。

「ありがとう。」

 その笑顔に小さく頷いて、踵を返す。

「…まだ先がある。 がんばれよ。」

 三井の一瞬の間に、樋口が眉を寄せた。

「それと、樋口。」

 背を向けたまま足も止めずに、三井が続ける。

「なんや?」

「お前は次に武石(うち)と試合するまでに、背を伸ばしておけ。」

 揶揄るような声。

「なんやて、コノ…!」

 飛び出そうとして、がいる事を思い出した。

「…嫌なヤツや。 ちゃん、アイツには近付いたらアカンで。 色んな意味でな。」

「? ん。」

 樋口がにそんな話をしている頃。

 チームメイト達と歩きながら、三井は別の事を考えていた。

「………」

 先程見せた、少女の笑顔。

「…可愛いじゃねえか。 /// 」

 その呟きは、誰の耳にも届かなかった。



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