「…今年の一年はイキがいいですね。」 昼休み。 人目を避けるために、藤真と黛、それに大祐はバスケ部の体育館で過ごしている。 そこへ、これもいつものように、2年のエース・二葉 京(フタバ ケイ)が練習のため体育館へやって来た。 シュートの練習を始めながら、京が言った。 「元気が余ってて困ってるんだよ…」 大祐が大きく溜息を吐き、黛がそれを宥めている。 「それで。」 高くボールを放りながら、京が藤真に訊ねた。 「…レギャラーになれそうな子はいました?」 「………さあ、どうだろうな。」 ウーロン茶に口を付けて、藤真は思い出したように苦笑った。 先日の体験入部での、樋口と翠。 レギュラーを狙えると言えば、狙える・・・。 しかし、対抗意識丸出し、プレーが雑で荒削り・・・・・。 アレを鍛え直すなど… 考えただけで頭痛を感じる。 それより、何かわからないが、他に引っかかる事がある。 「あの子はどうですか? 一番小さかった女の子。」 ボールがゴールをすり抜ける音がした。 「あ、やっぱりココにいましたね。」 柔らかい声音が聞こえた。 体育館の入口に、佐藤コーチが立っていた。 「先生…」 藤真が少し驚いた様子で首を傾げた。 「何か急用ですか? 休み時間に訪ねて来るなんて…」 「いいえ。 少し聞きたい事があるだけです。」 佐藤コーチはにっこり微笑んだ。 「あ…」 黛は佐藤コーチが手にしているノートを見て、察した。 「…何か、問題でも?」 不安気に訪ねる黛に、コーチは首を振る。 その仕草に合わせて、長い髪が揺れた。 「…コレの記録は誰が?」 4人を代わる代わる見て、コーチは訪ねた。 「俺がとりました。 スコアは正確です。 先生もご覧になっていたじゃないですか?」 コーチの疑問がわからず、藤真は首を傾げた。 佐藤コーチは淡い笑みを浮かべながら質問を続ける。 「…ミニバス経験者は誰です?」 「経験者には、名前の横に丸が付いてます。」 黛が言う。 「佐倉君の妹さんは?」 「翠は、ミニバスはやってませんよ。 ただ、俺らに混じって遊んだ程度です。 上背があるから上手く見えるだけですよ。」 大祐が答えた。 コーチは少しの間、ノートと睨めっこをしていた。 「…わかりました。 今年の女子は期待できそうですね。」 やがてにっこりと微笑むと、ノートを藤真に渡した。 「じゃ、僕もお先に失礼します。」 コーチに続いて、京は体育館を後にした。 残された3人は、互いの顔を見合わせて首を傾げるしか出来ない。 「…何だ? 何が言いたかったんだ…??」 大祐が呟いた。 「女子って言ったわよね…?」 藤真が開いたノートを、黛は覗き込んだ。 女子は、最後まで残ったのは6人。 上から順に目を通して、藤真は一箇所で視線を止めた。 穴が開くほどに、ノートを見つめる。 「…オイ、健司………」 大祐が首を傾げた。 「………嘘だろ。」 藤真はノートから目を放せない。 記録を取っていた時は、特に気にも止めなかった。 樋口と翠が目立ち過ぎていて、気付かなかったと言うべきだろうか。 「健司、大丈夫…?」 黛が不安機に訊ねた。 その声で、藤真はやっと我に返った。 「…コレ、見ろよ。」 藤真がそう言うのは、翠ではなく・・・・・ 「…………あの一番小さかった子?」 真琴がノートを覗き込む。 「ああ、あの天使ちゃんか…」 「…天使?」 首を傾げた黛に、大祐は説明してやる。 「ほら、空から降って来ただろ。 だから天使………」 そこまで言って、大祐は言葉を飲み込んだ。 藤真からノートを奪い取り、じっと見つめる。 「…記録、お前が取ったんだよな?」 藤真にそう聞いた。 信じられないと言った口調だ。 特に目立って早い訳でもない。 学校の外周は、一回りが 1.2 km 。 あの日は 5周したのだ。 しかし、のタイムは――― 大きな波がない。 一定の速度を保って、走った事になる。 「長距離は…距離が長くなるに連れ、それによる疲労で、同じ速度で走っているつもりでも…タイムは落ちる。」 大祐がノートを覗き込みながら言った。 「それだけじゃない。」 藤真が首を振る。 「二人も知っての通り、あの子は目立って小さい。 翠達と、歩幅だって違うはずだ。」 先日の光景が頭をよぎる。 最後の試合で、翠と交代したのはだった。 緊張でもしていたのか、足取りは覚束なかった。 ミニバスの経験はないと言っていた。 それなら、試合中に見せたあのプレーは。――― 「…どうして気付かなかったんだ。」 パスの上手さが目立った。 一対一なら、樋口以外の全員を抜いた。 ゲームの流れを読んでいた。 藤真はくしゃっと前髪を掻き揚げた。 ずっと、引っかかっていたのはコレだったんだ。 「 …とんでもない逸材かもしれない。」 |