小さな恋心



「もっと腰を落とせ! 足が止まってるぞ!!」

 練習終了後に響く、藤真の声。

 こうして怒鳴られているのが自分だったら…。

 きっと逃げているだろう。

「相変わらず容赦ねーな。」

 大祐が大きく息を吐いた。

 相変わらずと言うよりは、夏休みに入って、鬼コーチ度が増しているような気がする。

「…翠、こんな健ちゃんヤダ。」

 翠が呟いた。

 竜と京は、顔を見合わせて苦笑する。

「よし、5分休憩! その後1対1だ! ディフェンスが温かったら、ダッシュ10本追加!」

 休憩の合図と共に、二人はそのまま床に倒れ込む。

「給水部隊、行きます☆」

 竜が二本のペットボトルとタオルを持って、二人に駆け寄る。

「ボクのお手製、ハチミツレモン。あま〜くしたから。」

「ありがとう、竜ちゃん。」

 まずは、に。

「死ぬな〜、炎。」

 続いて樋口に。

 受け取ったペットボトルに口を付けながら、樋口はの方に視線を向けた。

 藤真と何か話している。

 少し、面白くない。

じぃ〜。

 視線に気付いて、首を竦める。

「何や?」

 竜は面白そうににっこり笑った。

「うんうん。 いいな〜と思って。」

「何がや。」

 にこにこしたままの竜に、樋口が首を竦める。

「…ちゃうって。 まだそんなんやないわ。」

「どんな感じ?」

 どこか楽しそうな声に、疲労を覚えた。

「…友達やって。 ま、ちょっと特別な友達やな。」

 を見つめたまま、続ける。

「あっちは、何とも思ってないやろな。」

はぽや〜っとしてるからね。」

 竜がの方に目を向けて、小さく笑う。

「でもいいじゃん。 大事にシナヨ。 その小さな恋心。」

「恋心なぁ… それってどんなんなん?」

 溜息と共に、そんな言葉が漏れる。

「…自分の気持ちがわからなくなる事。」

 第三者の声に、揃って視線を向けた。

「京ちゃん…」

 自分を見上げる樋口に、優しく微笑む。

「最初はそれで迷うんだよ。 僕もまだよくわからないけど。」

 樋口を見ての方へ視線を投げて、その後に竜を見つめる。

「さ、帰ろう、竜。」

「ん。 じゃ、1対1がんばって。」

 樋口の肩をぽんと叩いて、京の後に続くように竜が歩き出す。

− 自分の気持ちがわからなくなる事。 −

 ちらっと、を見る。

「…せやったら、恋しとるかもな。」



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