記者



「ホンマにええのか? オレ遠慮せんで?」

 メニューをぱらぱらと見ながら、樋口が訊ねる。

「いいのいいの。 遠慮しないで。」

 経費から落とすから。

 とは言わず、成瀬は上機嫌で続けた。

「泉沢の12番は甘党なのねー。」

 何かご馳走すると言ったら、美味しいケーキが食べたいと二人が口を揃えた。

(まだまだ子供ね。 ケーキくらいでこんなに喜んじゃって。)

 二人でメニュー表を覗き込んで、嬉しそうに迷っているその姿は、実に可愛らしい。

「お、新メニュー!」

「スイカアイスだって。 メロンが刺さってる。」

 じっと顔を見合わせた。

「行く??」

「行っとくか?」

 二人同時に手を上げる。

「「オーダー!」」

 駆けつけたウエイトレスに、慣れた様子で注文していた。

「今日は二人なんだ?」

 ウエイトレスが笑顔で訊ねた。

「そや。 あと、ドリンクは…」

「ロイヤルミルクティー・アイスで。 二つ。 かな?」

 首を傾げるウエイトレスに、が口を利こうとすると。

「あ、カフェモカの方ね。 失礼しました。」

「知ってると思うねんけど、生クリームにチョコソースな。」

「知ってると思うけど、そんなのメニューにないわよ。」

 にこやかに、ウエイトレスがキッチンにオーダーを通した。

 成瀬は目をぱちくりさせていた。

「常連さんみたいね。」

「練習後によく寄るんや。 ほら、疲れた時は甘い物って言うやろ。」

 樋口の言葉にが続く。

「いつもは、竜ちゃんと京ちゃん先輩と… ボスも一緒。」

「ボスって?」

 成瀬が首を傾げた。

「キャプテンや。 藤真健司。」

ガッタン。

「藤真君!?」

 成瀬は突然立ち上がり、大声で叫んだ。

 その拍子に、手にしていたメモノート帳がテーブルに落ちる。

 中からぱらぱらと流れ出て来たのは。

「…ボスだ。」

 が手に取ったそれは、藤真の写真。

 他にも、武石中の三井や富ヶ丘中の流川など、知っている顔。

 樋口は大げさに溜息を吐いた。

「人の趣味にケチ付ける気はないねんけど、ちょっと考えた方がええのんちゃう?」

 他に写真を漁っていると、樋口のも出て来た。

「趣味って?」

 首を傾げるに、樋口は首を振った。

ちゃんにはわからん世界や。」

 成瀬は顔を真っ赤にして、写真を取り返すと鞄の中へ隠した。

「いいじゃない! 美少年が好きで何が悪いのよ。」

「いばる事やないやろ。」

 少し呆れ気味の樋口。

 運ばれて来たトロピカルパフェを、スプーンで突付いた。

「そっかー。 藤真君もこのお店に来るんだー。」

 へらっとにやける成瀬に、樋口がぼそっと呟いた。

「ボスが本命か。 そのいやらしい顔やめや。」

「わかってないわね、樋口君。 まだまだ甘いわ。」

 成瀬はふんぞり返った。

「藤真君と言えば、県内はおろか関東にファンクラブが設けられているほど、人気があるのよ。」

 さらに続ける。

「泉沢の試合って他校に比べて客席が随分埋まるのよ。 それも彼をおいかけて押しかける女の子が多いからで… って、アタシの話聞いてる?」

「樋口くん、ほっぺにアイスついてるよ?」

「あ、ほんまや。 どうもおおきに。」

 頬をペーパーナフキンで拭いて、樋口が答えた。

「聞いとる。 ボスごっつモテルねんもん。」

「でも彼女はいないのよね。 プレイでなくて外見で騒がれるのが嫌みたい。 ま、当然よね。」

 成瀬の言葉に、樋口が少し眉を寄せた。

「…女子(おなご)って、ああ言うのがええんか?」

「アタシはタイプだわ。」

 にこにこと答える成瀬に、樋口はつまらなそうに唇を尖らせた。

(あら?)

 樋口らしくない反応。

(…ふ〜ん。 なるほど。)

 成瀬は話題を変えた。

「で、本題なんだけど。」

 パフェを頬張る二人の手が止まった。

「あ、食べながらでいいわよ。」

 促すと、二人はまた食べ始める。

「個人的に、二人を取材したいの。 協力してくれないかしら?」

「個人的にって?」

 樋口が少し眉を寄せた。

「試合を見て、二人にすごく興味を持ったの。」

 時計を見ると、九時を少し回っていた。

「今日はもう遅いから、後日改めてお願いしてもいいかしら?」

 樋口とは顔を見合わせて首を傾げる。

「アタシね。 自分で言うのもなんだけど、感がいいのよ。 冬の大会では、君たち二人が何かやってくれそうな気がするの。」

 成瀬は続けた。

「定期的なおっかけ取材みたいな感じ。 たまに話を聞かせてくれるだけでいいの。 ただ、記事になるかもわからないから、無理強いはしないわ。」

 少しの沈黙。

 先に口を利いたのはだった。

「…話をするくらいだったら、大丈夫だよね? なっちゃんいい人だし。」

 少し不安そうに、樋口を見る。

「いい人やと思うけど、危ない人やで。」

「コラ。」

 樋口の発言に、成瀬が苦笑う。

 樋口は頭を掻いた。

「ま、なっちゃんの頼みやし。 ちゃんもこう言うとるし。 …引き受けよか。」

 偶然の出会いから、週刊バスケットボールの記者と知り合いになった。

 注目され期待される事に、悪い気はしなかった。



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