新学期



 夏休みが終わった。

 夏休みボケもおさまりつつある、残暑の厳しい今日この頃。

 練習が終わっても、と樋口には相変わらず藤真の特別メニューが待っていた。

ちゃん!」

 樋口が声をかけた。

「オレ、今日行かなあかんとこがあんねん。 オレ帰るけど、気付けや。」

 何に気を付けるのか。

「ん、お疲れさま。」

 にっこりと笑うに、樋口は少し安心した。

 藤真を見上げる。

「二人きりやからって、変な事すんなや。」

「早く帰れ。」

 たまに樋口と話をしていると、どっと疲れる。

 藤真は溜息を吐いた。

「さ、。 練習だ!」

「はい! よろしくお願いします!」





 そう言えば。

 二人きりで練習するのは、始めてである。

 終わる頃には、辺りはどっぷり暗くなっていた。

「お疲れさまでした。」

「お疲れ。 また明日。」

 いつものように校門で別れようとして、藤真は思い止まった。

!」

 いつもなら、は樋口と一緒なのだ。

「家までどのくらいだ? 送ろう。」

 が首を振る。

「大丈夫ですよ。 先輩、遠回りになっちゃうし。」

「だけど…」

 何か言いかけた藤真に大きく手を振って、は駆け出した。

「また明日! よろしくお願いします!」

「あ…」

 段々小さくなる影。

 練習終了後のその小さな身体のどこに、そんな元気が残っているのだろう。

 藤真は一度小さく息を吐いた。

(俺も帰るか…)

 一度伸びをして、歩き出そうとすると。

「藤真君!」

 聞き慣れた声に呼び止められた。

「佐藤先生。」

 藤真は首を傾げる。

「どうかしましたか?」

 佐藤先生は、小さく辺りを見回して訊ねた。

さんは? 一緒ではないのですか?」

なら、今帰ったばかりですけど… 何か?」

 いつも落ち着いた様子の佐藤先生が、めずらしく少し慌てている。

「隣町で、子供を狙った誘拐未遂のような事件が多発しているそうです。 うちの学校も注意するようにと連絡がありましたので、伝えなければと思いまして。」

 佐藤先生が続ける。

「特にさんは… 少し心配になって…」

 人を疑う事を知らないは、確かに心配だ。

「俺、追いかけます。 大丈夫だと思いますけど、何かあったら連絡しますよ。」

 嫌な予感がする。

 少し、早めに駆けた。



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