嫌な予感



 そんなに気になってはいなかった。

 佐藤先生が心配していたから。

 だから、を追いかけた。

「…!」

 しばらく歩いていると、の姿が見えた。

 ほっと胸を撫で下ろそうとしたのもつかの間。

「?」

 藤真は眉を寄せた。

 誰かと一緒だ。

 日も暮れて薄暗いため、人相はよくわからない。

 背の高いそれは、の腕を取って歩き出した。

 は少し、首を傾げていたように見える。

(アイツ…!)

 藤真は咄嗟に飛び出して、持っていた鞄でそれを思いっきり殴った。

ガン。

 とても痛そうな音が響いたと同時に、藤真はの手を取って駆け出した。

「なっちゃん!」

 と。

 突然が叫んだので、藤真は思わず足を止めた。

「なっちゃん…?」

 ゆっくり振り返る。

 殴られた頭を押さえてその場に蹲っているのは、ショートカットの背が高い女性。

 よほど効いたのだろうか。

 成瀬はしばらく動けずにいた。





「なるほどね。 って、アタシは殴られ損か。」

 こぶになっている頭を擦りながら、成瀬がぼやいた。

「すみません。」

 何度目かわからない台詞で、藤真が頭を下げる。

「いいのよ。 当たらずも遠からずってね。」

 成瀬が続ける。

「アタシが見つけた時、危なそうなオジサンが声かけてたから。 まぁ、一人で夜道を歩かせるなってコト。 ちゃんかわいいし。」

 成瀬の言葉そっちのけで、はチェリーパイを頬張っていた。

「でもなー。 いっくら藤真君だからって言っても、殴られ損は癪に障るなー。」

 藤真は気まずそうに、成瀬の顔色を伺って。

「…週バスの記者が、うちの後輩に何の用なんですか?」

 じっと、成瀬を見据える。

「アタシ、泉沢の12番's を個人的に取材してるの。 二人の許可は事前に頂いてるわ。 ねー。」

「ねーv」

 成瀬につられるように、が笑った。

「結構厳しく練習させているって聞いたけど、その辺はどうなの?」

 成瀬の問いに、藤真は小さく息を吐いた。

「…俺は厳しいですよ。 それだけ、二人に期待してるって事なんですけど。」

 成瀬はしばらく考えて、藤真の顔色を伺うように首を傾げた。

「ねーぇ、藤真君v」

 続ける。

「練習風景を取材したいんだけど… ダメ?」

「ダメ。」

 0.2秒ほどで即答。

 成瀬は言葉を飲み込んだ。

「人がいるだけでも気が散るって言うのに、取材なんて… シャッター音やフラッシュは邪魔です。」

「音も光も出さないから、お願い。」

 成瀬は両手を合わせた。

「却下。」

 それでも藤真は譲らない。

 成瀬は白々しく、咳払いをした。

「…あーあ。 頭コブになってるなー。」

 藤真が引かないので、成瀬は別の手を打って来た。

「変なオジサン追い払って、ちゃんを助けたってのにこの仕打ち… あんまりよね〜。」

 わざとらしく、涙なんか流してみる。

「いいの、アタシも大人だし。 無理言うつもりもないけど。 2〜3日動けそうにないわねー、なんせこのコブじゃ…」

 あまりの白々しさに疲れさえ覚える。

 しかし、全く自分に非がないわけではない。

 勘違いだったにしろ、女性の頭を思いっきりなぐってしまったのだ。

「………一日だけなら。」

 ぼそっと呟くと。

「約束よ。」

 成瀬は瞳を輝かせた。

 仕事上手と言うべきか。

 成瀬奈緒美。

 中々の強敵になるかも知れない。

 藤真は何度目かわからない溜息を吐いた。

 嫌な予感は、別の形だったにしろ見事に当たった。



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