台風



「台風?」

 驚いたのか、藤真が大きな声で言った。

「ま、季節外れにも程があるよな。」

 大祐が続けた。

「冬の大会、予選開始まで一ヶ月を切ったのに、練習中止ですか。」

 不安そうに、京が眉を寄せた。

「ちーっす! どしたの、みんな?」

 ホームルームを終えたクラスが順に、部室に集まる。

 翠とが、冴えない顔色をした三人を見て、首を傾げた。

「台風が近付いてるんだと。 しかもかなり大型。 すぐに下校するようにって、今佐藤先生が…」

 事情を説明する大祐。

 藤真がそれを遮った。

「…樋口はどうした?」

「…今日はお休みです。」

 が、少し肩を落とした。

「ヒヨワなんだよ、男のくせに。」

 翠が声を荒げる。

(樋口…)

 一体どうしたと言うのだろう。

 最近、練習中もどこか上の空だった。

 何事もなければいいが。

「さ、解散だ解散! 台風が来るぞ、皆帰れー。」

 大祐が手を叩く。

 その音で、藤真は我に返った。

「大祐、先に帰っててくれ。」

 佐藤先生に、職員室へ来るように言われていた。

 冬の大会の、トーナメント表が届いたと言っていた。





 三回勝ち進んで、準決勝で横田中。

 それに勝てば。

 決勝は、おそらく武石中だろう。

 5回勝てば。

 優勝だ。―――――

あ。

 上履きを履き替えようとして、藤真は足を止めた。

 部室と体育館の鍵を閉めたか、確認していない。

(確認しておくか。)

 体育館へ、足を向ける。

 女子のトーナメントも届いていた。

 泉沢のブロックは、今のメンバーならおそらく問題ないだろう。

 反対側のブロック。

 更科と富川が、準決勝で潰し合うだろう。

 そして、きっと。

 勝つのは更科だ。

 一瞬、更科との負け試合直後のの表情が、藤真の脳裏を過ぎった。

(何とか勝たせてやりたい。)

ダム。―――――

「?」

 ボールの音。

 電気も点いている。

(帰るように行ったのに、一体誰が…)

 少し開いていたドアから、中を覗き込む。

…!)

 は跳んだ。

「!!」

 藤真が目を見張る。

(フェイダウェイ!)

バス。

 ボールはキレイにゴールに吸い込まれた。

「よし!」

 ガッツポーズで着地したはいいが。

「え、わっ、とっとっととと………とぉ〜!」

 身体を後ろに傾かせ過ぎたのだろう。

 数メートルのバックダッシュ後、耐えられずにそのまま転んでしまった。

 小さく吹き出しながら、藤真がドアを開ける。

「あ、ボス!」

「帰るように言ったはずだが?」

 は元気に立ち上がった。

「もうすぐ予選が始まるのに、台風なんかに負けてられません。」

 少し頬を膨らませながら、が続ける。

「私は… 3点シュートはまだ届かないから。 だから…」

 2点シュートは絶対に外したくないとでも言いたいのだろう。

 なんだかんだで藤真は、佐藤先生と一時間ほど話をしていた。

 その間、一人でずっと練習していたのだろう。

(あれほど帰れと言ったのに、まったく、仕方ない子だ。)

 藤真は細く笑った。

「さっきのフェイダウェイ、上体を反らせばいいってだけじゃない。 後ろに飛びながら、身体を反らせるんだ。」

「…やっぱり見てたんだ。 だから、笑ってたんだ。」

 がぷぅと頬を膨らませる。

 藤真はブレザーを脱いで、パイプ椅子に掛けた。

「手本を見せてやる。 はディフェンスだ。」

「はい! お願いします!」

 雲行きが怪しくなって来た。



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