宣戦布告



「「ボス!!」」

 藤真が驚いたように目をぱちくりさせた。

「何やねん、今日自分おかしいで。」

 樋口が少し呆れたように言った。

「シュート終わったにょ。 次は?」

 今日の居残り練習には、竜も付き合っていた。

 最近、朝も自主的に練習をしていると、京が言っていた。

 夏。

 対 更科 戦が堪えたのだろう。

 近頃の竜の気迫には、目を見張る物がある。

「どうしたんですか、先輩?」

 が首を傾げて、藤真の顔を覗き込む。

 真っ直ぐな瞳。

 藤真が小さく首を振る。

「…今日はこれまで。 上がっていいぞ。」

 竜が飛び跳ねる。

「やたっ! ガーナミルクチョコレート♪」

「クランキー・ホワイトがいいー!」

 駆け出した竜を、が追う。

「…お疲れさん。」

 続いて、樋口が更衣室へ下がった。

ごろん、と。

 体育館に大の字で寝転んでみる。

 今日一日の出来事を、全く覚えていない。

 もう直冬の大会が始まると言うのに、今日、何を練習したのかも曖昧だった。

 ただ覚えているのは。

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 自嘲気味に笑った。

 そうじゃないと、自分に言い聞かせるように、首を振る。

「…キャプテン失格だな。」

「ほんまや。」

 答える声があった。

 驚いて身体を起こすと。

「…樋口。」

 まだ練習着のままの樋口が、体育館のドアにもたれるように立っていた。

「聞きたい事があって、戻って来たわ。」

 眉を寄せながら、樋口が続ける。

「…姫の事、どう思ってるんや?」

 藤真が一瞬、眉を寄せた。

の事って… ただの部活の後輩だろう。 どう思ってるも何も………」

「じゃ、何やねん?」

 藤真の声を、樋口が遮る。

「何で…」

 樋口が真っ直ぐに、藤真を見据えた。

「何で、姫ばっかり見てるんや? それも、オレの気のせいか?」

「………樋口?」

 いつもと違うその様子に、藤真が首を傾げた。

(後輩なんかじゃないんやろ………)

 樋口は、強く拳を握った。

「何で、姫のそばにいるんや?」

 藤真が言葉を飲み込んだ。

「答えや。」

 少しイライラしたように、樋口が言い放った。

 藤真はゆっくり言葉を紡いだ。

は…」

 首を振って、言い直した。

ちゃんは強いと思う。 でも、一人で… 全てをこなそうとするには、あまりに小さい… だから………」

 何故、こんな言葉が出るのだろう。

 台風の時。

 震えていた小さな手をぎゅっと握って…

 それで変わったのはではなく、藤真だった。

「だから、自分が守らなあかん。 そう思ってんのか?」

 樋口が続ける。

「姫は強い子や。 でも、ほんまは我慢してるだけなんや。 オレは……… 助けたいと思ったんや。 自分はどうなん?」

 自分自身の事がわからなくて混乱している時なのに。

 何故、樋口はさらに混乱させるような事ばかり言うのだろう。

 そんな事を考えると、少し頭に来た。

「…お前には、関係ないだろう。」

 冷たく言い放たれて、樋口の頭に血が上った。

「オレは姫が好きや。 姫は、オレの一番大事な女の子なんや。 お前はどうなん?」

 自分を見据える、意志の強い瞳。

 射抜かれるようにまっすぐに見つめられて、胸が詰まりそうだ。

 何も言わず、藤真は目を反らした。

 その態度に、樋口の中で何かが切れた。

「宣戦布告や!」

 じぃっと、藤真を見据える。

「自分の本当の気持ちも言わんで、そうやって逃げてるのは、ズルイとちゃうか?」

 藤真は何も言えなかった。

「そんなヤツに姫は…! ちゃんは…!!」

 樋口が唇を噛んだ。

「…は渡さん。 死んでも、お前にはやらん! 絶対や!」

 言い放って、逃げるようにその場を後にした。

 一様に"何が"、とは言えないが。

 悔しかったのかも知れない。



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