屋上



 屋上の、給水タンクの裏。

 二限目が始まって、少し時間が経っている。

 今更教室には戻れず、二人はそのまま寝そべって流れる雲を見上げていた。

「!」

 まだ授業中のはずなのに、ドアが開いて誰かやって来た。

 なにやら言い争っているらしい声も聞こえる。

 藤真は視線を投げた。

「何だ? ちゃんと樋口と…住田(スミダ)?」

 体育教師だ。

「や〜なのが来たな… どうする?」

 大祐が苦笑して、藤真を見やる。

 藤真は諦めたように息を吐いた。

「俺達もサボリだろ。 一緒に怒られてやるか。」

 立ち上がろうとした藤真の腕を掴んで、座らせる。

「…何だよ、住田だろ。 大事な時期なんだ。 言いがかりを付けて、二人に何かされちゃ困る。 見過ごすのか?」

 藤真が軽く大祐を睨んだ。

 藤真がここまで言う程、生徒の間で住田の評判は悪かった。

 大祐が首を振る。

「あの樋口が大人しくやられると思うか? 何か考えがあるのかも知れないだろ。 少し様子を見ようぜ。」





「せやから、言うとるやろ! サボリやない!」

 樋口がイライラしたように怒鳴る。

 今時にいない、竹刀を持って校内を巡回する熱血教師・住田が眉を寄せる。

「何だ、その口の利き方は!」

 じろりと、樋口とを見比べる。

「他の先生達のウケがいいからって、俺は騙されんぞ!」

「騙すって何や? ただの偏見やろ。」

 樋口の反論には、耳を貸さない。

「最近の中学生は授業をさぼって昼前からイチャイチャ………」

 ぶつぶつと愚痴る。

「サボリやない言うてるやろ! 数学のサトちゃんに聞いてや。」

 一・二限共、数学の授業。

 プリントを三枚配られて、解けたらその後は自由にしてもいいと言われたのだ。

「勉強が少し出来るからって、調子に乗るなよ。 俺の学生時代は…」

「そんなん聞いてないわ! オレ等もう行きますから!」

 の手を引いて、歩き出す樋口。

「待て! お前等二人にはまだ言いたい事があるんだ! その髪は何だ!?」

 は短めで癖のついた鳶色の髪、樋口は茶っぽい髪色で、少し長目だ。

「地毛や! 何があかんのや!? 証明書も見せたやろ!」

 朝、稀に校門付近で服装と鞄の中身をチェックされる。

 二人はその度に証明書を提示し、鞄の中のお菓子を没収されている。

「黙れ! 先生に向ってその口の利き方は何だ!? 中学生なら、もっと中学生らしい格好をしろ!」

 手を振り上げようとしたその時。

「あ! 何やあれ!?」

 樋口が住田の後ろを指差した。

 は思わず言葉を飲み込んだ。

カーン☆

 振り返った住田の顔面に、空き缶がクリーンヒット。

「んが…」

 住田はその場に倒れ、樋口は給水タンクを見上げの手を取り叫んだ。

「走れ!!」

 同時に、藤真と大祐はそこから飛び下り、二人に続いてドアの向こうへ消える。

 4人はそのまま体育館の方、部室まで駆けた。

 部室の中に飛び込んで、その場に座り込む。

 全力疾走したため乱れた息を整えようと、皆肩で大きく息をしていた。

「ぷ…」

 誰かが吹き出したのが合図だったかのように、全員で笑った。

「あっはっは☆ サイコーや! 見たか、住田の顔!!」

「外したらどうするつもりだったんだよ。 あー、腹痛てえ…」

「外したらそれはその時に考えるさ…」

 藤真が三人を見回す。

「ありがとう、ボス。」

 がにこりと笑った。

 その笑顔に、少し、気持ちが軽くなるような錯覚を覚える。

「雰囲気からして、目付けられてるみたいだな?」

 大祐が樋口を見た。

「そうなんや、ほんまウザイねん。 でも、いい所におってくれたな、二人。 助かったわ。」

 そう言った時の笑顔だろうか?

 と樋口が似ていると、藤真はどこかで思った。

 この数日。

 何とも言えない、後ろめたい気持ちを含んで、二人に接していたのに。

 大祐に話を聞いてもらったからだろうか?

 そう言った感情はなかった。

 久しぶりに、思いっきり笑った。



 その後。

 昼休みになって、気絶している住田を、二年の男子生徒が見つけた。



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