「けしからん!!」

 校庭に、住田の怒鳴り声が響く。

 他の生徒達は、触らぬ住田に祟りなしと、その辺りを避けて通っていた。

「近頃の中学生は、朝からイチャイチャイチャイチャしおって…」

 ふわぁ。

 一度欠伸をして、藤真が校門を通った。

「ん?」

 涙目を擦りながら、騒ぎの方へ目を向ける。

「!」

 一気に眠気が覚めた。

 住田に捕まっているのは、樋口とじゃないか。

「おっはよー☆」

 突然の声に振り返ると、京の自転車の後ろから、竜が手を振っていた。

「おはようございます。 朝から何ですか?」

 京が首を傾げた。

「俺も今来たばかりだから何が何だか…」

「あれー? と炎じゃん。」

 藤真の声に竜が続く。

 どうやら、住田はかなり機嫌が悪いようだ。

「自転車の二人乗りは交通違反だ! お前等のような生徒がいるから、泉沢の格が下がるんだ!」

 竹刀をびゅんびゅん振り回している。

 樋口は聞いてられないとでも言うように、小指で耳を穿っていた。

「何だ、その態度は! 反省すれば許してやろうと思ったのに、もう許さん! 指導室へ来い!!」

 住田が手を伸ばす。

「横暴なんは体罰やないのか!」

 その手を叩き落として、樋口が怒鳴った。

 朝から校庭でこんな言い争いをしていれば、イヤでも人目につく。

「…二人がかわいそう。」

 そんな声が周りから聞こえた。

「別に何かした訳じゃないんだろ?」

「1年のあの小さいのが、音楽のサトミちゃんと仲いいから住田が妬んでんだろ。」

「いい大人が見っとも無いね。」

 住田を非難する声。

 住田は日頃から、愛の鞭と言っては生徒を叩いたり、長髪の男子生徒の髪を切ったりと、色々とやらかしていた。

 生徒達の評判は、すこぶる悪い。

「黙れ! 愛の鞭だ!」

 竹刀を振り下ろす。

バシッ。

 も、を背後に庇った樋口も、言葉を飲み込んだ。

「…ボス。」

 藤真が、住田と二人の間に割って入った。

 振り下ろされた竹刀を肩で受け、その痛みに藤真が眉を寄せる。

 さすがに住田も驚いたようで、口を大きく開けていた。

「…3-4の藤真、バスケ部です。 うちの後輩が面倒をかけたみたいで、失礼しました。」

 深々と、頭を下げる。

「くっ…」

 住田は一瞬言葉を飲み込んだが、自分を正当化しようとある事ない事を話しだした。

「まったくどうなってるんだ、バスケ部は! 下校時刻も守らないし、授業はさぼるし、校内で不純異性行為を働くし…」

(バスケ部は下校時刻守らんだけや。 でも、理事長の許可下りてるんやろ。)

 小声でぼやく樋口に、藤真が小さく首を振る。

(黙ってろ。)

 自分達を庇って、殴られたのだ。

 いくら納得できなくても、今は藤真には逆らえない。

「…以後、そのような事がないように気を付けます。」

 藤真が頭を下げたまま言った。

 それでも気が治まらないのか、住田は舌打ちをした。

「大体、何だその髪は…」

ブッチン。

 樋口の中で、何かが切れた。

 藤真の脇から、一歩出て住田を睨み上げる。

「樋口…」

 藤真の声も聞かずに、そのまままっすぐ校庭を歩いた。

 窓が開いている職員室。

 騒ぎを見ていたであろう、佐藤先生に言った。

「さっちゃん、はさみ貸してや!」

 佐藤先生にはさみを借りて、再び騒ぎの中心に戻った。

「な、何だ? それで先生を刺すのか? 言っておくが傷害事件…」

ジョキっ。

 藤真もも、さすがに住田さえも言葉を飲み込んだ。

 ぱらっと、風に髪が舞う。

ジョキジョキ…

 一通りハサミを滑らせて、樋口が頭を掻いた。

 ぱらぱらと、髪の毛が地面に落ちる。

「ふぅ。」

 長かった髪が、すっかり短くなってしまっている。

「コレで文句ないやろ?」

 樋口が住田を睨み上げた。

「無関係のボスまで殴って、今度は先生が謝る番や!」

 強気で啖呵を切る樋口に、面白がった生徒達が拍手を送る。

「いいぞ〜、バスケ部!」

「謝れ、住田ー! 竹刀没収だー!」

「藤真君に何て事するのよ! 最低!」

「樋口君、かっこいい〜!」

 非難の声が飛ぶ中、住田はどうするべきか必死に考えていた。

「もう、姫にもボスにも手出しはさせんで。 ってか、校長先生が呼んでるみたいや。」

 樋口の指差した方を見ると、校長先生が冷ややかな笑みを浮かべて手招きをしていた。

 住田は逃げるように、校庭を後にした。

「ざまぁみろ。 バスケ部怒らせたら怖いで。」

 樋口がじぃっと藤真を見上げた。

 少しバツの悪そうに、首を竦める。

「巻き込んだな、スマン。」

 藤真が左肩を押さえたまま、首を振る。

「いや、俺が飛び出したんだ。 気にするな。」

 心配そうに眉を寄せるの頭を撫でて、樋口を見て笑う。

「かっこ良かったぞ、樋口。」

 樋口は少し照れたように俯いて、すっかり髪が短くなった頭をかいた。

「自分かてめっちゃかっこええやん。 この、色男!」

 と、藤真の背中を強く叩いた。

「いっ…!」

 過剰反応する藤真に、樋口がと驚いて目を丸くする。

「ボス、保健室で見てもらおう?」

「いや、大丈夫…」

「いいから。」

 藤真の声を、が遮った。

 藤真の手を引いて、歩き出す。

「あ、ちょっと…」

 藤真に構わず、は保健室へ向った。

「姫〜、ボス頼むわ。 オレはさみ返したら行くから。」

 辺りには、まだたくさんの生徒達がいる。

ちゃん、自分で行くから… ///// 」

 一年の小さな女の子に手を引かれて歩いている。

 そんな状況が少し恥かしくて、顔が熱かった。

 きっと、真っ赤だっただろう。



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