後半戦



「樋口、飛ばしすぎだ。 少し押さえろ。」

 藤真が声をかけた。

 と同じ不安を、藤真は感じていた。

「おう。」

 突然声をかけられて、一瞬、注意が反れた。

「!」

 気配を感じて、振り返るより先に、藤真にパスを回す。

 ボールが樋口の手元を離れた瞬間だった。

 ボールを奪おうとしたのだろう。

 樋口が突然止まったので、迫っていた横田中の選手が勢い余ってぶつかってしまった。

 真横から当てられ、体重の軽い樋口は横田中の選手に押しつぶされる形で、コートに体を打った。

ピッ。

 審判が笛を吹き、一時試合が中断される。

 後半残り7分強。

 得点は 65 - 51 。

 14点差と、この試合最大に差が開いていた。

「樋口!」

 藤真が駆け寄った。

「大丈夫か?」

 と、手を差し伸べる。

 樋口は体を起こして、小さく頭を振った。

「頭打ったわ〜… イテテ。」

 後頭部を擦る。

 大丈夫そうな様子に、藤真が安堵の溜息を付いた。

 泉沢のスローインから、試合再会。

ダム。

 一度、床にボールを跳ねさせる。

「…」

 樋口が、一瞬眉を寄せた。

バチッ。

 横田中の選手に、ボールを奪われた。

 そのまま走って、得点を加算して行く。

 じぃっと、樋口は自分の左手を見つめていた。

 ぽんと、肩を叩かれる。

「どんまい。 取り返せばいいんだ。」

 京だった。

「…おう。」

 短くそう答えて、頭を振る。

 が眉を寄せた。

(炎くん…)

 膝の上で両手の指を組んで、祈るような思いで試合を見ていた。

バチィッ。

「!」

 ボールを取られた。

「クソ!」

 樋口が慌てて戻る。

 二連続、横田中のゴールが決まった。

 肩で息を整えながら、左手のリストバンドで汗を拭う。

(樋口…)

 藤真が眉を寄せた。

「おい、どこか打ったのか?」

 藤真の声に、首を振る。

「大丈夫や。」

 ぎゅっと、拳を握った。

「ねぇ、竜ちゃん…」

 の声に、竜が視線を移した。

「炎くん、おかしくない?」

 竜が頷く。

「んー、どこかぶつけたのかな?」

 が首を振る。

「そうじゃなくて…」

 は難しそうな表情で試合を見ていた。

「あぁ! またやられた!」

 竜が悔しそうに声を上げた。

 時折、顔を歪める樋口。

 辛そうだ。

「…やっぱりおかしいよ。」

 は立ち上がった。

「どこ行くのさ? 試合、まだ途中だよ。」

 竜の声に首を振る。

「下。 炎くん絶対変だよ。 止めてくる。」

「え? あ、ちょっとー!」

 竜の声も聞かずに駆け出した。

 観客席は二階。

 階段を駆け下りる。

 一度、歓声が上がった。

 おそらく、横田中がシュートを決めたのだろう。

 藤真はスコアボードを見上げた。

 4ゴール連続で決められてしまった。

 全て、樋口のミスである。

 65 - 59 。

 残り4分。

 追い付かれそうだ。

「…樋口………」

「大丈夫や言うとるや…!」

 言葉が最後まで発せられる事はなかった。

ツ。−−−−−

「炎!」

 京が驚いて声を上げた。

 鼻の下に、生温かい感触。

 樋口は、そっと鼻の下に触れた。

 血が、出ていた。

「レフェリータイム!」

 気付いた審判が、タイムを取る。

 会場が、樋口の様子に気付いてざわついた。

 それより先に。

 がドアを開けた

 同時に、樋口が倒れた。

 まるでスローモーションのように、樋口の体がゆっくり傾く。

「…!!!」

 声が出なかった。

「樋口…!!」

 藤真が叫んだ。



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